RECORD

Eno.282 イグニの記録

少し先の話-世界『バロニシュカ』にて

  
「あ、帰ってきた」
「おかえりなさい!」

借りている部屋の扉を開けるとよく似た二つの声に出迎えられた。

「なんだ貴様ら、やっと抜け出せたのか」
「やっと、ってあの世界から出るの本当に大変だったんだって!
 びっくりサプライズ~!って思ったらイグニいないし!」
「流石否定の世界、二人分の『糸』でも時間がかかりましたよ」

若草色の髪に真鍮の瞳。二人は声だけでなく容姿もよく似ていた。
それもそのはず、彼女たちは異なる世界の同一存在にして
黒髪の女により他の平行存在より特に引き合うようになった二人。

「お前らよりあいつの方が先にこっちに来たぞ、狂騒の世界の」
「"穴があいた"って聞いて海に出ているときに『絶海の世界』に吸い込まれた子と比べられても追いつけないって」
「ええっと、リアルタイムアタック?って言うんですっけ?そういうの」
「普通に脱出タイムアタックでいいだろ」
「それもそう。ってことはリリィちゃんは無事なんだね」
「一応聞きますけど……まだいますか?」
「とっくに去ったわ」
「……ですよねえ」
「うーん、一回元の世界に帰ったとしても、その先がわかんないって困るなあ」
「絶対追いかけますよね、妹さん……あの子の事」
「お前らなら見つけられるだろ、足跡。どちらとも遭遇してであってんだから」

「それはそうだけど難易度段違いなんですけど!
 引き留めて世界のこと教えてもいいじゃん、きぃたちのことに無関係じゃないんだから」
「というより私が……あ、いえ、何でもないです」
「いやシセちゃんも巻き込まれた側だからね?」

わあわあと騒がしい三人。
黒髪の悪魔に対して物怖じすることなく切り込むのはおかっぱの少女、
言葉を選びながら波風を少しでも抑えようとしているのは長い髪をまとめた女。

「巻き込まれた、というとトモリさんは能動的に世界を渡っているみたいですけど
 どんなところに行ってきたんですか?」
「あ、それはきぃも聞きたい。アンジニティに穴が開いた時にもいたんでしょ?
 その時のことも」
「待て。短期間と言えど異世界でものすごーく働いてきた俺を少しは休ませろ
 それから呼び名も統一しろ」
「それならきぃたちの方がものすっごーく大変だったんですけど!?
 呼び方は……きぃは癖だけど」
「私は今のこの世界での名前に合わせたほうがいいかと思って」
「大体そういうのって本人が決めたほうがいいんじゃないの?
 気づいたらフライハイト姓名乗ってる……のはイグニなりのアレの一つなのはわかってるけどさあ」

読み飛ばしても問題ない部分
  
糸世シセ・フライハイト
彼女が悪魔の依り代にされた際にその名前は枷としてキズナと上書きされた。
少しずつ削られていく魂、子供っぽいとわかっていながらも自分で自分をそう呼び続けた。
その度にまだ自分は大丈夫だ、と言い聞かせるように。
だから"憑かれなかった"異世界の彼女が、いや、平行世界に点在する"シセ"の名前が
変わることの方がイレギュラーであり、それが起きたのがこのバロニシュカのシセ。
彼女たちがどうしてこうなったのかはここでは割愛するが――
――リリィと呼ばれた"浅岡百合子"の探し人である"浅岡愛菜"『になっていた』"アイマイモコ"
彼女(?)もまた、イレギュラーシセでない"シセ"であり、
この悪魔の自覚もないまま在り様を変えられ、果てには否定された。

全てを、どれかを正すことなど不可能だが、若草の魂を掻きまわした中心としてできる限りのことはする。
それが己を『悪魔』と定義した男への反旗、この世界の破壊を願われたモノとしての答えだとして。
ここに至るまでに他を圧倒する力の多くをリソースとして割くことになったが、それでもその強さは並の戦士や魔法使いを転がすには十分で、
それ故に尊大で傲慢、俺様至上主義。
黒い髪をなびかせ、冬の空よりも冷たい色をした瞳で嗤い、気まぐれに行動する。

そんな事情を知らない人たちが集まる「どこか」で「気が向くまま」に行動できる『小旅行』。
次はどんな者と出会い、何が起こるのか
それは、彼女にもわからない。
わからないからこそ、楽しみなのだ。


 
 

「さて、次な世界にもデスチェアはいるだろうか。居ろ


「何その聞くだけでヤバそうな椅子」
「しかもすごいいい笑顔ですよ……」
「これ、あんまり聞かないほうがいいヤツ?っていうかきぃたちの話きいてなかったよねこれ」

 
 
……これは、強すぎるあまりに飽きそうな悪魔が命を張って遊ぶ記録。 だったのかもしれない