Eno.132 エルディス・エアリアルの日記

1改訂版:勇者と神託

 その世界は、ごく普通の魔法の世界だった。人間が国を造り栄え、魔物が王を頂き支配するような。
 そんな世界で人間は解放を求め、神に縋った。神は直接手出しすることはなかった。
 しかし、神は見捨てなかった。迷える子羊達に言葉を与えた。

 ――――『果ての豊穣の村に在る蒼の瞳こそ、勇なる者である』と。


 そしてその言葉は、少年にも届いていた。
 エルディス・エアリアルはモミス村に暮らす少年であった。
 家の畑を耕し、駐在の兵士に剣を教わり、シスターから回復の魔法を学ぶ。ごく普通の村人であった。

 そんな少年のもとに、ある日突然国の姫君が訪れて言ったのだ。
「勇者様、どうか、私たちをお救いください」
 すがるような眼で、跪いて。

 エルディスは普通の明るい、しかし正義感と善良さを兼ね備えた少年だった。彼は跪く姫と兵士たちに顔をあげるよう言うと、笑った。
「分かりました。僕がそうすることで皆が笑えるようになるのなら!」

 かくして、エルディスは勇者となった。


 勇者となったエルディスは、まず仲間を求めて城下街に向かった。そこでギルドに行って、仲間を募った。
 仲間になりたいと手を挙げる者は数多くいた。傭兵、ベテラン、駆け出し、中堅……本当に多くのひと達から声をかけられた。
 流石に多すぎて、誰を仲間にしようか片隅でうんうん唸っていた。誰を見てもいいところが見えてくる。どうしたものか。
「ふぅん?貴様が噂の勇者様か」
 声がしてその方を見ると、そこには金髪の美丈夫がいた。いかにも高価で、しかしながら洗練された鎧を纏った男だった。
 男はエルディスのことをじろじろと値踏みするように見てから、馬鹿にした様子で口を開く。
「……ぷ、ははははは!!」
「な、何?僕の顔になにかついてる?」
「いやいやいや!勇者様なぁ?ふぅん……?こんな平民が、か?」
「確かに僕は平民身分だけど、それがどうしたんだい?」
 けらけらと、けども上品さを失わず嫌味に笑う男に、エルディスは首をかしげる。
「そもそも、君は誰なんだい?」
 そう問いかけると、男は不敵に笑いながら腰に手を当て胸を張る。

「俺はディータ・ベルンシュタイン。ベルンシュタインの"空の剣士"なら、平民の貴様でも耳にしたことがあるだろう?」

 自慢げに男は、ディータは己を示した。自分が上であるというように。
 しかし、エルディスはそれが傲慢な見下しであるということを気にも留めず、目を輝かせた。
「え?!君が噂に聞く"空の剣士"?!すごーい!!」
「お、おおう?」
 予測していた反応と違ったのか、ディータはきょとんとしながらぎこちなく言葉に頷く。
「すっごいかっこいいんだって聞いてたんだ。だから、ちょっと憧れでさ……」
「ふ、ふふん!ま、まあ俺だからな!」
 ディータは正気に戻ったか、自分がすごいと誇示をして。

「それで……僕に何の用?」
 そういえば、と本題を切り出す。エルディスは今、誰を仲間とするか悩んでいるところだった。
 すると、ディータは不敵な笑みを崩さぬままエルディスに持ち掛ける。
「ああ。勇者様について行ってやろうと思ってな?まあ、どうしてもというなら……」
「え?!本当!?」
 がば、と立ち上がったエルディスに、ディータはびくりと肩を跳ね上げた。
「あ、ああ。貴族と剣士に二言はないさ。」
 それに、と。
「そんな有象無象……じゃなかった。中堅くらいの人々を沢山連れて行くよりも、俺のような確かに強い奴を一人連れて行く方が身軽な上、危険も少ないと思うぞ?」
 どうだ?と自信満々な態度で提案する。
 エルディスは少しばかり考えた後に、太陽のような笑顔を浮かべた。
「うん、ぜひ、よろしく!」
 一も二もない承諾だった。
 周囲で見ていた有象無象の冒険者たちは、がっかりだのなんだののざわめきを起こした。
 しかし彼らは気にも留めず、それじゃあ、と受けるクエストを見るためにボードへと赴いた。

 ……実際、この時のエルディスの選択は正解であった。
 有象無象の冒険者の中には、確かに「勇者の役に立ちたい、世界を救いたい」という志で手を挙げた駆け出しもいた。
 しかし、それ以外の多くは、不純な願望を押し付け、勇者を利用しようと試みたモノだった。
 金、酒、飯、女。冒険者としては駆け出しの勇者をいいように使おうとしていた。だからこそ、名が知れていて実力も地位もあるディータに不満の眼は向けども、手出ししなかったのだ。

 とはいえ、ディータも何の考えもなく近づいたわけではない。
 その「考え」を巡らせながら、ディータはエルディスと共に選んだ依頼の紙を広げた。