【プロローグ 凍れる大地の翡翠姫】
【プロローグ 凍れる大地の翡翠姫】
◇
極北の地プルリタニア。
短い夏のある日のこと、王宮の玉座の間にて。
玉座に座る女王の前に、数人の男がかしずいていた。
「北の大陸では、大きな戦争があったとか」
「その戦争が、ようやく
終結したようで御座いますよ、女王陛下」
「…………そう」
玉座の上、頬杖をつきながら
女王は静かに話を聞いている。
北大陸の動向は、常に気に掛けていた。
白い髪に翡翠の瞳、身に纏うは
温度調節の魔法の込められた青緑のドレス。
シィリヤーレル・プルリターニャ。
この大地を治める若き女王だ。
「イグノシア王国の王も、戦争によって変わったのだとか」
「イグノシアはこのプルリタニアに最も近い隣国。
なればこそ、女王陛下、
挨拶に行かれては如何でしょうか」
「…………そうだね」
頷く。
イグノシアとプルリタニアは国交がある。
これからも良い関係を築いていくならば。
「……分かった、行くよ。
日程を決める。留守のことは
君たちに任せても良いかい?」

「──くれぐれも、勝手なことはしないように」
きらり、目を光らせた。
会議はまだまだ続く……。
◇
話し合いを終わらせて、訪問の日程を考えて、
イグノシアに使者を送って。
戻ってくるまでにはそれなりに掛かるから、
日程は余裕を持って決めている。
女王、シィリヤーレル・プルリターニャは
部屋に、ひとり。さて、と思考する。
「…………イグノシア、ねぇ」
プルリタニアは、北大陸と海を隔てている。
海があるから簡単には渡れない中、
北大陸最北端のイグノシアは、
架け橋のような役割を担っていた。
シィリヤーレルも過去に一度、
イグノシアに渡ったことがある。
その時のことを思い出していた。
「……アランウェン王、だったかな」
記憶の彼方、その王は、
品行方正であることで知られていたはずだ。
イグノシアの賢王と慕われていたはずだ。
けれど戦争によって代替わりしたということは、
「…………亡くなったんだよなぁ」
あの優しい冬空の瞳を、覚えている。
新王は誰だったか。
確か名前はリアヌス。アランウェン王の弟だ。
前にイグノシアへ訪れた時、自分が小さかった時、
リアヌス王子には会えていなかったはず。
どのような人物なのだろうな、想像しつつ……。
◇
そして、今。シィリヤーレルは船の上。
『南の地はここより暑いですから』と、
氷の魔力秘めた宝石を持たされて。
船に乗るなんていつぶりだろう。
最後に乗ったのは7年前、自分が10歳の頃だったか。
流れる水面を見つめていても、
それで酔うことは無さそうだ。
水面、ぼんやり、眺めていたら
──水音。
ぼちゃん。何か落ちた? 物か? 人か?
シィリヤーレルが思わず身を乗り出した、時。
どん 背に 衝撃
「あ」
スローモーション。
反転させた身で、見たのは。
「さようなら、陛下」
嗤う従者の、歪な瞳。
そうか、悟ってしまった。
彼らは最初から、僕を消そうと。
水に落ちる。冷たさが肌を刺す。
渡された氷の魔晶石が、さらに体温を奪う。
藻掻く。誰も助けてくれない。
水を飲む。苦しい。視界が水にぼやける。
──嫌だ。
手を伸ばすのに、身体は水の底へ、底へ。
どうしようもない重力に、引き摺られて。
──嫌だ。
こんなところで死にたくない。
僕の人生は、これまでは、何だったの?
こんなところで、裏切られて、消えるようなものじゃ。
──嫌だッ!!!!!
がぶり。海水を飲む。ごぼり。空気を吐く。
民は。部下は。信じちゃ。ダメだった。
分かってたのに、油断した。
そして僕は、命を奪われるのか。
歪む。意識。海の中に、溶けていく。
嗤う声。もう聞こえない。
広がる。諦念。だけど。やっぱり。ぼく は、
しに た く な ──
これを思うのも、二度目か。
◇
「女王陛下が、イグノシアへの訪問の際に
不慮の事故で命を落とされたようです」
「となると、次の王を決めねばなりますまいな」
「プルリタニアは簒奪王家、
誰がプルリターニャを名乗ったところで、
まぁ何も問題はないでしょうな! はっはっは!」
船の上。
貴族たちが、嗤っていた。
聡く厄介な女王は消した。
さぁ、次は我々の天下だ!
「……して、誰が、次の王に?」
「勿論、この私に決まっているであろう」
「この俺を忘れたとは言うまいな?」
「は? 僕以外が王になるとか、有り得ないんだけど?」
「あらまぁ、わたくしを忘れておいでですの?」
船の上、貴族たちが、睨み合う。
武器が取り出されるのも時間の問題?
次の王の座を賭けて、争いが巻き起ころうとしていた。
【To be continued……】