Eno.132 エルディス・エアリアルの日記

3:薄明の光

ディータ・ベルンシュタインはベルンシュタイン家の三男である。
 次期当主として施された教育をするすると呑み込む優秀な長男、古代文明の技術の一端を解き明かした天才の次男。彼の兄達は、彼の憧れであるとともに、彼に向けられる目に濃すぎる色付き眼鏡をかぶせていた。


「……声は出せる?」
 シルフカーテンで逃げた先、街道の横に広がる森のどこかにいた。
 苦しむディータに向けて、エルディスは回復魔法を唱える。しかし、傷が塞がる様子はない。
 いや、完全に効いていないわけではない。ただ、普段よりはるかに効きが悪い。何かに邪魔されているように。
「効いてない……?」
「ク……ソ……!ぐうっ!」
 脇腹のあたりから流れる血を抑えながら、ディータは苦しげな声で呻きながら目線を向ける。
「知らんのか……?瘴気は、回復魔法の、効果、を、弱める」
「え、そうなの?!」
 だから、直に攻撃を喰らってはならない。ある種の鉄則だ。だからこそディータは鎧を身に着けていたが……弱い位置を突かれた。鎧の継ぎ目、脆弱箇所。
 慢心が招いた因果応報だった。
「どうしたら……」
 次の手をどう打てばいいのか、エルディスは考えようとしようとした。
 しかし、はっと顔をあげた。


 ……だからディータは兄達に埋もれないように、自分にできることを探した。それでたどり着いたのが剣だった。
 剣だけは誰にも負けなかった。めきめき腕を上げ、師匠も長男も数か月で討ち下すほどになった。
 初めてのクエストで、レッサードラゴンを討伐した。次から次に、強力な魔物を討伐していった。
 いつしか彼は、「ベルンシュタインの」”空の剣士”として見られるようになって行った。
 それが悪いこととは思わなかった。褒め称えられるのは気持ちが良かった。
 だから、「勇者」とかいうぽっと出に話題が攫われるのはなんだかいい気がしなかったのだ。


 いつの間にか、茂みの間からウェアウルフ達に囲まれていた。
「な、なんでここが……?!」
 エルディスは困惑しながら剣を構えた。何故なら、「シルフカーテン」は臭いもかき消して移動する逃走魔法だ。狼の魔物なら臭いを頼りにすると踏んでの考えだった。
「……瘴気を、辿ってきたんだ」
「瘴気を……?そんなことも……?!」
 これは後にエルディスが教わることだが、瘴気の持ち主は自身の瘴気を感じ取れるのだそうだ。故に、臭いや魔力痕を消したところであまり意味がないそうだ。
「……に、しても」
 数が多い。エルディスはまだ戦闘経験が浅い。しかしそれでも、この数は多すぎることはわかる。
 赤い毛並みがリーダー格なのか、最も前にいる。その左右に、緑色が一匹ずつ。それから、少し距離を開けて灰色の毛並みが周囲を囲んでいる。
 周囲は敵、すぐそばには重傷の仲間。どうするべきか――――



 だから、勇者に近付いた。どんな奴かまず一目見てやろうと。
 するとどうだ、人のよさそうな平民の凡人ではないか。どこにでもいそうな、琥珀色の髪と蒼い眼の少年だった。
 沢山の有象無象――――彼自身ではなく、「勇者」に群がる塵芥に囲まれて尚、その悪意に気づかずかどうか、真剣に誰を連れて行くか悩んでいた。
 だから上手くノせて、仲間にさせた。そのうえで、自分の方が上だと示す為にさっさとクエストを受けさせた。


 だが、どうだ?今の状況は。
 油断して、傷を負い。どこか見下したはずの勇者は、自分より弱い勇者は自分を守るように戦っている。
「ねえ、ディータ、聞いて!」
 大きく灰色のウェアウルフを振り払いながら、エルディスは叫ぶ。
「隙を見て君を逃がす。大丈夫、僕はちゃんと帰るから!」
 その笑顔はどこか不格好であり、強がりに近いことが誰だってわかるようなものだった。
 ああ、だからエルディスは、本当に”勇者”なのだと理解した。



 どうして話しかけたのだったか。確かに自分が上だと知らしめてやろうと思ったのは本当だ。
 けどもそれ以上に、自分自身として見られていない様子に、何かを感じたからだった。

――――何が”空の剣士”だ。


 エルディスの背後に、緑のウェアウルフが迫る。しかし、彼は今二匹の灰色のウェアウルフの対処をしている。
 間に合わない。その牙がエルディスの首を嚙みちぎる――――ことはなく。

「スプラッシュスラッシュ!」

 水の属性を帯びた刃が、緑のウェアウルフを切り裂いた。灰色のウェアウルフを吹き飛ばし、エルディスは刃の方を見る。
 ディータが、剣を構えて立っていた。
「ディータ?!隙を見て逃がすって」
「……はん!平民に守られて何が貴族だ。」
「でも、ケガが」
 その言葉を制止して、ディータは不敵に笑う。
「この程度、気の持ちようだ!それに……」
 赤い、リーダー格のウェアウルフを睨む。唸り声は威嚇だろうか。

「……この程度でくたばっていては、”空の剣士”の名折れだ!」
「……わかった。頼りにしてるよ!」
 背中を合わせ、構える。飛び掛かるウェアウルフ達を切り伏せていく。
 風で、水で。各々の属性魔法や魔法剣を織り交ぜながら討伐していく。

「ウィンドチャイム!」
「ハイドローフォ!」

 吹き抜けた風の刃と、水の属性を帯びた刺突が緑のウェアウルフ達を切り裂いた。
 倒れたウェアウルフの群れ。残すは赤い毛並みのリーダー格のみとなった。

 流石に危険を感じたか、赤いウェアウルフは逃げようと踏み出した。だが。

「逃がさん!」
 ディータは即座に剣を投げた。ウェアウルフの片足に大きな傷ができる。
 逃走を阻まれたウェアウルフはならばと爪を向けた、が。
「ごめんね」
 すぐに迫っていたエルディスの剣に、倒れ伏した。

「……討伐完了?」
「……だな。クエストクリアってやつだ。あとは証明に……っぐ!」
 傷を抑えて、座り込む。
「やっぱり、大丈夫じゃないじゃん!」
 指のスキマから流れる血をできる限り強く抑えながらうずくまるディータに、エルディスはまた回復魔法をかけようとした。
「や、やめておけ。効かないのは、さっき知っただろう」
「で、でも!このままじゃ死んじゃうよ!」
「は!死なないさ。けども、瘴気の浄化は神職でもないと――――いや、待て。これは……?」
 スウ、とウェアウルフ達の亡骸から黒紫の煙が立ち上って消えた。その後、ディータの傷からもおなじように煙が昇って消えた。
「……もしかして」
 今なら、と思ったのか回復魔法をかける。ビンゴ。みるみる傷が塞がっていく。

「……これは、どういうことだ?」
 瘴気が浄化されるなんて、聖職、それも聖女や司祭なんかが祈った時くらいにしかないものだと思っていた。それ以外は、時間経過で瘴気が薄まって消えていくしかないというのが常識だった。
 何をしたんだという目を向けられたエルディスは首を振る。
「わ、分からないよ!僕もよくわからなくて」
「……もしかして、「勇者」には浄化の力があるのかもしれないな」
 痛みが引いたのか、少し血が足りていないのかふらつきながらディータは立ち上がった。
「え?!けど僕、何も聞いてないよ?!」
「これに関しては俺の推測なんだが……それはそうと、本当に知らないことが多そうだな」
「あはは……」
 ため息をついてから、ディータは笑った。

「いいだろう。この俺が、この先もついて行ってやる。」
 改めて、仲間になると。
 エルディスはきょとんとしてから、満面の笑みを浮かべた。
「うん!改めて、よろしくね!えっと」

「ディータでいい。よろしくしてやるよ、エルディス」
「ああ!」