Eno.241 平木 夕真の日記

遠泳

瀬戸内の海、きちんと泳けるような水着は似合わない海水浴場から
自転車で10分少々海沿いを漕いだところ。
防潮堤の切れ目に、小さな砂浜がある。

「最後にひと泳ぎするにしても、早く来すぎかな……」



きっかり昼の1時、砂浜の入口に自転車を停める。
小学校の頃、夏休みにプールが開くのもこの時間だったか。

『お迎え』が来るのが日暮れ頃とすると、流石に4~5時間泳ぎっぱなしというわけにもいかない。

先に飲み物でも買っておこうと、砂浜には降りず近くの自販機に向かう。
見知った顔がそこにはいた。

「ユマ、今日が帰りの日だったな。」

「あ、おじさん。今日はお休みですか?」



私が数年前、この地球に取り残されてから
何かとサポートをしてくれているのがこのおじさんだ。

肩書は地球観測員、普段はどこかの飲料会社で缶コーヒーの販促をしている。

「────半分休み、半分仕事、と言ったとこかな。」


「おじさんには悪いけど、引き留めは無駄ですよ。
 元々帰るに帰れなくなっただけですし。」



地球観測員と言いつつ、業務は広く雑多。
その事は私の面倒を見る仕事まで回ってきている点でお察しだ。

地球で10年近く幼少期を過ごすことになったのだし、君もこの際観測員として働かないか、
という誘いは時々受けていた。

「……分かっているよ。ここまで来て予定をひっくり返したら、私もろくな事にならないからな。
 だから今日は見送りだけだ。」

そう言って自販機から出てきた冷たいコーヒーを渡される。ちょっと高いやつだ。

「ありがとうございます。
 それじゃ、最後に一泳ぎして来ますね。」



挨拶して、足早に砂浜へ。

地球経験ゼロの新人に色々教え込むより早いし、
事実私の方も、今から急に宇宙での生活に戻るより────

頭を振って、考えるのをやめた。
元々遭難してここに来たのだから、帰るチャンスがあれば帰るのは当然の事。

予定通り泳いで時間を潰そうと思ってクラゲのいない所を探していると、
膝までも浸からないような浅い所にミニチュアのような渦潮が出来ている。

………前回の回収失敗もあったし、早めに来てたのかな?)

靴を脱いで、様子を見に行く。

早めの迎えだとしても、こっちも散々待たされたのだから、気付かない振りで泳いでやろうかな。
ちょっとくらい待たせても………

そう思った瞬間、その渦潮が一気に拡がり、私の体が絡め取られた。

急ぎで回収する事態になっているのかも、と
反応が遅れたのが不味かったか、出ることが出来ない。

(地球に取り残されて遭難、今度は海で遭難か………)



見送るつもりだったおじさんが砂浜を見渡せる所に来た時には、既に私の姿は無かった。