苦痛
どうにも気が緩んでいるのだろうか。
ここが『迷宮』ではないことが、そこまで影響を及ぼすとは思えないが。
だが他に理由があるとも思えない。僕が単に迂闊なだけだとは思いたくない。
子供の頃とは違うんだから。今はもうなんだって出来るし、しなきゃならない。
頼れるものは他にないんだから。
もうここには、何一つ、遺されてはいないのだから。
ずきずきと痛む傷を押さえたまま、ぐるぐると喉の奥で唸る。
イライラする。腹立たしい。なんだこれ。
外は嵐だし、眠ってしまおうと思ったのに、痛みが気になって寝られない。
「……っくそ、なんなんだ」
思わず悪態が溢れる。
ぎゅう、と強く押さえてみても、爪を立てても、痛みが消えることはなかった。
打ち身のような怪我なのだから当然だ。
骨にまでは異常はなさそうだが、刺激すればするほど痛みは強くなる。
『あんま触るなよー。痣になってるし、放っておいた方がいいぞ。
冷やしたりしたらいいんだろうけど、ぬるい水くらいしかないからなあ』
枕代わりになっているヤヤウィクがぺしぺしと尻尾で腕を叩いてくる。
大した刺激ではないが、あまり触られたくなかったのでついその尻尾を掴んでしまった。
『おわあ!! やめろはなせー!!』
「うるさい。お前喋ると腹が動いて枕にならないだろ」
『声は出してないんだから関係ないだろ!』
「じゃあ呼吸をするな」
『理不尽!! 横暴魔術師!!』
うるさい、と再度呟いてぺしりと尻尾を投げ捨てる。
確かにヤヤウィクの言う通り、触らないでいた方が痛みは軽くなるようだった。
痛みの対処には慣れていない。特にこういう、長引く鈍痛はほとんど経験がなかった。
斬られても撃たれてもすぐに傷が塞がるからだ。
なのにこんな、少しぶつけたくらいの痛みが、これほど煩わしいものだとは。
『腕でよかったな。頭に当たってたら、場所が悪けりゃ死んでたぞ』
「……そうか。すぐ治らないなら、その可能性もあるな」
『考えてなかったのか? こりゃだめだ。
もうちょっと慎重に動かないと、本当に死ぬぞ。それは困るだろ』
「……そうだな」
相棒にしては珍しく、真剣であることを隠さない諫言――もとい、心遣いのようだった。
だから素直に受け入れて、頷く。
そうだ、こんなところで死ぬわけにはいかない。
やらなければならないことがあるのだから。
今までもこれからも、何度だってずっと、やり続けなければならないことがあるのだから。
【アレ】がとうとう尽き果てるまでは、何があろうと手を緩めることはない。
忘れないし、許さない。逃がさない。
絶対に、時空の果てまでも追い詰めて、思い知らせてやるのだ。
世界に僕を残して逝ったことを後悔するといい。
その為に僕は生きているんだから。
呼吸を落ち着かせるために、深く息をする。
雨と風の音がうるさい中で、不思議と呼吸の音だけはよく聞こえた。
「……嵐が過ぎたら周辺を確認しに行くぞ、ヤヤウィク」
『そうだなぁ。……既にここの屋根も、駄目そうな気配がするけど。他のものも壊れてそうだな』
「壊れたなら、直せばいい。……元通りにはならなくても、また使うことは出来るだろ」
ポケットから、壊れてしまったタリスマンを取り出す。形だけを直しても、失われた機能までは戻らない。
それでも。
「……もう少し寝る。屋根が飛びそうだったら起こして」
『うん。まあ、雨漏りくらいで済むだろ。……たぶんな』
もふ、とヤヤウィクの尻尾がもう一度、負傷した腕に触れる。
柔らかな毛並みで痛むわけもなく、今度は少しばかり、温かさが滲んだ。
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ここが『迷宮』ではないことが、そこまで影響を及ぼすとは思えないが。
だが他に理由があるとも思えない。僕が単に迂闊なだけだとは思いたくない。
子供の頃とは違うんだから。今はもうなんだって出来るし、しなきゃならない。
頼れるものは他にないんだから。
もうここには、何一つ、遺されてはいないのだから。
ずきずきと痛む傷を押さえたまま、ぐるぐると喉の奥で唸る。
イライラする。腹立たしい。なんだこれ。
外は嵐だし、眠ってしまおうと思ったのに、痛みが気になって寝られない。
「……っくそ、なんなんだ」
思わず悪態が溢れる。
ぎゅう、と強く押さえてみても、爪を立てても、痛みが消えることはなかった。
打ち身のような怪我なのだから当然だ。
骨にまでは異常はなさそうだが、刺激すればするほど痛みは強くなる。
『あんま触るなよー。痣になってるし、放っておいた方がいいぞ。
冷やしたりしたらいいんだろうけど、ぬるい水くらいしかないからなあ』
枕代わりになっているヤヤウィクがぺしぺしと尻尾で腕を叩いてくる。
大した刺激ではないが、あまり触られたくなかったのでついその尻尾を掴んでしまった。
『おわあ!! やめろはなせー!!』
「うるさい。お前喋ると腹が動いて枕にならないだろ」
『声は出してないんだから関係ないだろ!』
「じゃあ呼吸をするな」
『理不尽!! 横暴魔術師!!』
うるさい、と再度呟いてぺしりと尻尾を投げ捨てる。
確かにヤヤウィクの言う通り、触らないでいた方が痛みは軽くなるようだった。
痛みの対処には慣れていない。特にこういう、長引く鈍痛はほとんど経験がなかった。
斬られても撃たれてもすぐに傷が塞がるからだ。
なのにこんな、少しぶつけたくらいの痛みが、これほど煩わしいものだとは。
『腕でよかったな。頭に当たってたら、場所が悪けりゃ死んでたぞ』
「……そうか。すぐ治らないなら、その可能性もあるな」
『考えてなかったのか? こりゃだめだ。
もうちょっと慎重に動かないと、本当に死ぬぞ。それは困るだろ』
「……そうだな」
相棒にしては珍しく、真剣であることを隠さない諫言――もとい、心遣いのようだった。
だから素直に受け入れて、頷く。
そうだ、こんなところで死ぬわけにはいかない。
やらなければならないことがあるのだから。
今までもこれからも、何度だってずっと、やり続けなければならないことがあるのだから。
【アレ】がとうとう尽き果てるまでは、何があろうと手を緩めることはない。
忘れないし、許さない。逃がさない。
絶対に、時空の果てまでも追い詰めて、思い知らせてやるのだ。
世界に僕を残して逝ったことを後悔するといい。
その為に僕は生きているんだから。
呼吸を落ち着かせるために、深く息をする。
雨と風の音がうるさい中で、不思議と呼吸の音だけはよく聞こえた。
「……嵐が過ぎたら周辺を確認しに行くぞ、ヤヤウィク」
『そうだなぁ。……既にここの屋根も、駄目そうな気配がするけど。他のものも壊れてそうだな』
「壊れたなら、直せばいい。……元通りにはならなくても、また使うことは出来るだろ」
ポケットから、壊れてしまったタリスマンを取り出す。形だけを直しても、失われた機能までは戻らない。
それでも。
「……もう少し寝る。屋根が飛びそうだったら起こして」
『うん。まあ、雨漏りくらいで済むだろ。……たぶんな』
もふ、とヤヤウィクの尻尾がもう一度、負傷した腕に触れる。
柔らかな毛並みで痛むわけもなく、今度は少しばかり、温かさが滲んだ。
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