Eno.15 トト・アズハル・イルファンの日記

トトの手記9

 気がつけば猛暑。
 新築の氷室の中で、子供らは寝そべりはしゃぎ、いつも活発な人間たちがのんびりと休みながらひんやりと冷えていく光景は少し面白い。備蓄の方を確認してみれば、この暑さではやはり喉が渇くようで水は底が尽きかけている。日頃、拠点の中でぬくぬくと生活させていただいている身なので、こういう時くらい代わりに働くことにした。

 外に出れば湿度も高く強い陽射しに照り付けられる。我が国の暑さとまた違う嫌な暑さだ。常夏の太陽は僕の弱い皮膚を焦がす。ストールがなければ、直射日光を防ぐことができず危なかっただろう。今も少し、皮膚がヒリヒリとしているが爛れずに済んだのが幸いだ。

 何度も何度も海水を汲み上げ、ドラム缶の中に集め続ける。海辺まで運ぶのもやっとだったというのに、その中に並々と海水を注いでしまった。これを拠点まで運ばなければならないのかと一瞬後悔したが、飲み水がなければ、皆が乾涸びてしまうかもしれない。それは避けたいのでせっせと汗水垂らして働いた。体は酷く火照り、何だか頭がくらくらとしたが数回その行動を繰り返したのだった。今思えばあれは日射病の症状であり、危険な状況であったが、まあ、生きているのでよいとしよう。

 水の汲み上げと蒸留を終えた僕の体を、汗がダラダラと次から次に流れていく。あまりにも不愉快で、久しぶりに自分から風呂に入りたいと思ったほどである。(この時に風呂に入っていたら、僕は死んでいたかもしれないが)作業中、ふと上機嫌なセトの姿が見えたので気楽でいいなと一瞬理不尽な怒りが湧き上がったが、あいつは僕を労うための用意していたらしかった。

 セトが用意していたのは、。そして僕の目の前でそれを削り始めた。
 石臼を使って器用に削られていく氷はなんだか綿のようにふんわりしているように見える。そう、シシ・ルイが食べていた、あの削った氷を僕に振る舞おうとしていたのだ。
 あぁ、勿体無い。本当にこれを口にしていいのか。そう思ってしまうのは我々の性なのだろう。
 不安そうにその光景を眺めていると、セトは僕の作った柑橘類のジュースを氷に回しかける。知ってはいたがこいつ、順応するまでが早すぎる。

 そうして完成したかき氷と呼ばれる料理(といっていいのかこれは)を食べてみるようにと渡される。器に触れた手がひんやりと気持ちいいが、まだ少し怖い。だが躊躇していく間に氷が溶けてしまってはそれこそ本当に勿体無い。それに、異文化に恐れ慄いているだけでは学びにならない。そう思い勇気を出して一口食べてみた。

 口の中に入れてみると一瞬で口内が凍てつき、その感覚に驚いてしまう。そしてそれが何だか少し怖かったので、僕の様子をニタニタとムカつく顔で見守っているセトにも、それを味合わせてやろうと、いつも開いているその口に入れてやった。口に入れた瞬間は僕と同じように怯えた顔をしていたが、しばらくすると味覚が追いついたのかパッと顔が明るくなる。これはいいものだ!と跳び上がらんばかりに喜んでいるセトをみるとこれは食べても大丈夫なものだと安心する。

 改めてもう一口食べてみる。これは奴の言う通り、いいもの……かもしれない。じんわりと口内の体温で溶けゆく感覚は何だか心地よいし、鼻に抜ける柑橘の香りはとても風味がよく、美味しい、確かにそう感じた。普段はすぐに匙を置いてしまうが、これは面白い、食べる手は止まらず、気付けば体の火照りも引いていった。
 高価な資源をこのように食べて消費するという贅沢への罪悪感は強かったが、実際に体験してみると氷を食べるという謎の食文化への恐怖心は去っていく。こんなに食べるのが楽しく嬉しいと思ったのは初めてのことだった。今度は別の人間が食べていたかき氷に似た食べ物も、少し食べてみたいかもしれない。



 オーラン、もしも僕たちが無事に帰ることができたら、セトに氷を用意させるから一緒に食べよう。きっと君もこれを気にいると思うよ。君はいつも頑張っているのだから、これくらいの贅沢はきっと許されるだろう。
 あぁ、君に再び会える日が待ち遠しいよ。