事故
【――…ERT――ALERT――……】
【――『多軸間誘導装置』、接続消失を確認――】
【――『四次拡張迷宮』、確定範囲を逸脱――】
【――再接続、Error、再接続――Error――……EMERGENCY――】
【――安全圏への強制転送を開始――】
【――………】
……だから原因はつまるところ、油断、と言ってしまっても間違ってはいないのだろうと思う。
そもそも有り得ないと思っていたことも事実だ。
いつの間にか、柄にもなく信じ込んでしまっていたのだろう。
完璧に組み上げられたはずの術式が。
使い慣れたはずのシステムが。
何より【糸玉】に編み込まれている彼らの意思が、自分たちを裏切るはずがないのだと。
『完璧な魔術なんて、この世には存在しないんだよ』
そう歯噛みしつつも、思い出されるのは異母兄の淡々とした言葉だ。
『どんなに完璧と思われる式を立てても、行使するのが人間である以上、ノイズを消し去ることは出来ない。
不確定要素がある限り、どれほど精密な機械だって誤作動を起こし得る。況んや人間をや、だ』
『細心の注意を払って99回は成功したとしよう。だが100回目でミスをしないとは言い切れない。
だから術師に必要なことは、その可能性を限りなくゼロに近づけるようにすることだ』
『……出来なかったらどうなるって? そんなのお前、決まってるだろ。
自律を失った者の末路はいつも同じだよ。
それが嫌なら、何においても油断しないことだな』
ぎりぎりと奥歯を噛む。
魔術においては師でもある異母兄の言うことは、いつでも至極尤もであった。
この状況を彼に知られれば、大きな溜息と共に『落第』の印を押されるだろう。
……そう思うと腹が立ってきた。
ちくしょう、人の気も知らないで。
確かに油断だったのだろう。思い上がり、見当違い、慢心と呼ぶことも甘んじて受けよう。
だが何の前触れもなくある日突然、これほどの事故が起きるなんて誰が予想出来ただろう。
それとも気が付かなかっただけで、前兆はあったのだろうか。
ここに繋がる数多のインシデントを見逃していたというのか? この僕が?
「……――んなわけあるか!!!」
がばりと起き上がり、吼えるように【白】が叫ぶ。
隣で波打ち際にぺたりと伏せていた【黒】が、びくりと体を跳ねさせた。
『おわあ!! なんだよ急に、びっくりした』
「ああ、悪い。いろいろ思い出したらだんだん腹が立ってきてな」
『ふうん。それはいいけど……それよりもここが何なのか、わかったのか?』
「いや、全く」
『おいおい……マジかよ』
がっかりした様子で、【黒】が再びぺしょりとその場に伏せる。
その様子を横目に、【白】は改めて辺りを見回した。
海だ。見渡す限りの大海原。どこまでいっても水ばかりで、周囲には島影すら見えない。
苦々しげに【白】がひらりと手を動かすも、そこには何の繋がりも感じられなかった。
完全に『迷宮』から弾き出されてしまっている。
確かに掴んでいたはずの糸の端は、今この手の中には存在を感じられなかった。
とはいえ、糸玉を失くしてしまったという感覚ではない。
どこかにその一端は必ずある。
ただ、今はこの手からすり抜けてしまって、どこにあるのかわからないといったところか。
『それで、どうするんだ。帰れるのか?』
「帰れるさ。アリアドネーに再び巡り会えればね」
『そういうのはいいんだよぉ。おれはここから出られるのかどうかを聞いてるんだ』
彼もどうやら、この海の世界には強い違和感を覚えているらしい。
ぐあ、と大きく口を開けて、今度は【黒】が吼える。
それほど大きな咆哮にはならなかったけれども。
「そうか。なら言うけど、今すぐは無理だな」
『マジ???』
「大マジだよ。……アリアドネに繋がらなくなった。
どうにかして接続を取り戻さなきゃならないけど」
そう言って【白】はようやく立ち上がり、改めて周囲を見回した。
相変わらず見渡す限りの海。彼らが立っているのは、波打ち際に沿って広がる白い砂浜だ。
振り返れば、こんもりとした緑も見える。
さほど大きいとは思われない、ここはおそらく、島だろう。
――どういう理屈か知らないが、アリアドネはここを安全圏だと判断したらしい。
そう思えるほどの知識も記憶も、今のところは何も窺えないが。
「さて……どうしたものか」
乱れた髪を撫で付けながら、【白】はくつりと笑った。
こんな状況、もう笑う以外にはないのだから、他にどうしようもないじゃないか。
.
【――『多軸間誘導装置』、接続消失を確認――】
【――『四次拡張迷宮』、確定範囲を逸脱――】
【――再接続、Error、再接続――Error――……EMERGENCY――】
【――安全圏への強制転送を開始――】
【――………】
……だから原因はつまるところ、油断、と言ってしまっても間違ってはいないのだろうと思う。
そもそも有り得ないと思っていたことも事実だ。
いつの間にか、柄にもなく信じ込んでしまっていたのだろう。
完璧に組み上げられたはずの術式が。
使い慣れたはずのシステムが。
何より【糸玉】に編み込まれている彼らの意思が、自分たちを裏切るはずがないのだと。
『完璧な魔術なんて、この世には存在しないんだよ』
そう歯噛みしつつも、思い出されるのは異母兄の淡々とした言葉だ。
『どんなに完璧と思われる式を立てても、行使するのが人間である以上、ノイズを消し去ることは出来ない。
不確定要素がある限り、どれほど精密な機械だって誤作動を起こし得る。況んや人間をや、だ』
『細心の注意を払って99回は成功したとしよう。だが100回目でミスをしないとは言い切れない。
だから術師に必要なことは、その可能性を限りなくゼロに近づけるようにすることだ』
『……出来なかったらどうなるって? そんなのお前、決まってるだろ。
自律を失った者の末路はいつも同じだよ。
それが嫌なら、何においても油断しないことだな』
ぎりぎりと奥歯を噛む。
魔術においては師でもある異母兄の言うことは、いつでも至極尤もであった。
この状況を彼に知られれば、大きな溜息と共に『落第』の印を押されるだろう。
……そう思うと腹が立ってきた。
ちくしょう、人の気も知らないで。
確かに油断だったのだろう。思い上がり、見当違い、慢心と呼ぶことも甘んじて受けよう。
だが何の前触れもなくある日突然、これほどの事故が起きるなんて誰が予想出来ただろう。
それとも気が付かなかっただけで、前兆はあったのだろうか。
ここに繋がる数多のインシデントを見逃していたというのか? この僕が?
「……――んなわけあるか!!!」
がばりと起き上がり、吼えるように【白】が叫ぶ。
隣で波打ち際にぺたりと伏せていた【黒】が、びくりと体を跳ねさせた。
『おわあ!! なんだよ急に、びっくりした』
「ああ、悪い。いろいろ思い出したらだんだん腹が立ってきてな」
『ふうん。それはいいけど……それよりもここが何なのか、わかったのか?』
「いや、全く」
『おいおい……マジかよ』
がっかりした様子で、【黒】が再びぺしょりとその場に伏せる。
その様子を横目に、【白】は改めて辺りを見回した。
海だ。見渡す限りの大海原。どこまでいっても水ばかりで、周囲には島影すら見えない。
苦々しげに【白】がひらりと手を動かすも、そこには何の繋がりも感じられなかった。
完全に『迷宮』から弾き出されてしまっている。
確かに掴んでいたはずの糸の端は、今この手の中には存在を感じられなかった。
とはいえ、糸玉を失くしてしまったという感覚ではない。
どこかにその一端は必ずある。
ただ、今はこの手からすり抜けてしまって、どこにあるのかわからないといったところか。
『それで、どうするんだ。帰れるのか?』
「帰れるさ。アリアドネーに再び巡り会えればね」
『そういうのはいいんだよぉ。おれはここから出られるのかどうかを聞いてるんだ』
彼もどうやら、この海の世界には強い違和感を覚えているらしい。
ぐあ、と大きく口を開けて、今度は【黒】が吼える。
それほど大きな咆哮にはならなかったけれども。
「そうか。なら言うけど、今すぐは無理だな」
『マジ???』
「大マジだよ。……アリアドネに繋がらなくなった。
どうにかして接続を取り戻さなきゃならないけど」
そう言って【白】はようやく立ち上がり、改めて周囲を見回した。
相変わらず見渡す限りの海。彼らが立っているのは、波打ち際に沿って広がる白い砂浜だ。
振り返れば、こんもりとした緑も見える。
さほど大きいとは思われない、ここはおそらく、島だろう。
――どういう理屈か知らないが、アリアドネはここを安全圏だと判断したらしい。
そう思えるほどの知識も記憶も、今のところは何も窺えないが。
「さて……どうしたものか」
乱れた髪を撫で付けながら、【白】はくつりと笑った。
こんな状況、もう笑う以外にはないのだから、他にどうしようもないじゃないか。
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