Eno.583 BlancusとYayauikの日記

事故

【――…ERT――ALERT――……】

【――『多軸間誘導装置アリアドネ・ストリングス』、接続消失を確認――】

【――『四次拡張迷宮ラビュリントス』、確定範囲を逸脱――】
【――再接続、Error、再接続――Error――……EMERGENCY――】

【――安全圏への強制転送を開始――】


【――………】





 ……だから原因はつまるところ、油断、と言ってしまっても間違ってはいないのだろうと思う。

 そもそも有り得ないと思っていたことも事実だ。
 いつの間にか、柄にもなく信じ込んでしまっていたのだろう。
 完璧に組み上げられたはずの術式が。
 使い慣れたはずのシステムが。
 何より【糸玉】に編み込まれている彼らの意思が、自分たちを裏切るはずがないのだと。

『完璧な魔術なんて、この世には存在しないんだよ』

 そう歯噛みしつつも、思い出されるのは異母兄の淡々とした言葉だ。

『どんなに完璧と思われる式を立てても、行使するのが人間である以上、ノイズを消し去ることは出来ない。
 不確定要素がある限り、どれほど精密な機械だって誤作動を起こし得る。況んや人間をや、だ』

『細心の注意を払って99回は成功したとしよう。だが100回目でミスをしないとは言い切れない。
 だから術師に必要なことは、その可能性を限りなくゼロに近づけるようにすることだ』

『……出来なかったらどうなるって? そんなのお前、決まってるだろ。
 自律を失った者の末路はいつも同じだよ。
 それが嫌なら、何においても油断しないことだな』

 ぎりぎりと奥歯を噛む。
 魔術においては師でもある異母兄の言うことは、いつでも至極尤もであった。
 この状況を彼に知られれば、大きな溜息と共に『落第』の印を押されるだろう。

 ……そう思うと腹が立ってきた。
 ちくしょう、人の気も知らないで。

 確かに油断だったのだろう。思い上がり、見当違い、慢心と呼ぶことも甘んじて受けよう。
 だが何の前触れもなくある日突然、これほどの事故が起きるなんて誰が予想出来ただろう。
 それとも気が付かなかっただけで、前兆はあったのだろうか。
 ここに繋がる数多のインシデントを見逃していたというのか? この僕が?

「……――んなわけあるか!!!」

 がばりと起き上がり、吼えるように【白】が叫ぶ。
 隣で波打ち際にぺたりと伏せていた【黒】が、びくりと体を跳ねさせた。

『おわあ!! なんだよ急に、びっくりした』

「ああ、悪い。いろいろ思い出したらだんだん腹が立ってきてな」

『ふうん。それはいいけど……それよりもここが何なのか、わかったのか?』

「いや、全く」

『おいおい……マジかよ』

 がっかりした様子で、【黒】が再びぺしょりとその場に伏せる。
 その様子を横目に、【白】は改めて辺りを見回した。

 海だ。見渡す限りの大海原。どこまでいっても水ばかりで、周囲には島影すら見えない。
 苦々しげに【白】がひらりと手を動かすも、そこには何の繋がりも感じられなかった。
 完全に『迷宮』から弾き出されてしまっている。
 確かに掴んでいたはずの糸の端は、今この手の中には存在を感じられなかった。

 とはいえ、糸玉を失くしてしまったという感覚ではない。
 どこかにその一端は必ずある。
 ただ、今はこの手からすり抜けてしまって、どこにあるのかわからないといったところか。

『それで、どうするんだ。帰れるのか?』

「帰れるさ。アリアドネーに再び巡り会えればね」

『そういうのはいいんだよぉ。おれはここから出られるのかどうかを聞いてるんだ』

 彼もどうやら、この海の世界には強い違和感を覚えているらしい。
 ぐあ、と大きく口を開けて、今度は【黒】が吼える。
 それほど大きな咆哮にはならなかったけれども。

「そうか。なら言うけど、今すぐは無理だな」

『マジ???』

「大マジだよ。……アリアドネに繋がらなくなった。
 どうにかして接続を取り戻さなきゃならないけど」

 そう言って【白】はようやく立ち上がり、改めて周囲を見回した。
 相変わらず見渡す限りの海。彼らが立っているのは、波打ち際に沿って広がる白い砂浜だ。
 振り返れば、こんもりとした緑も見える。
 さほど大きいとは思われない、ここはおそらく、島だろう。

 ――どういう理屈か知らないが、アリアドネはここを安全圏だと判断したらしい。
 そう思えるほどの知識も記憶も、今のところは何も窺えないが。

「さて……どうしたものか」

 乱れた髪を撫で付けながら、【白】はくつりと笑った。
 こんな状況、もう笑う以外にはないのだから、他にどうしようもないじゃないか。




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