Eno.811 学者の日記

昔のこと、魔法使いのこと

 僕にとって、本を読むことと理解することはほぼ同じことだ。そこに大きな違いがある――少なくとも僕以外の多くの人間は――という概念を理解するのには実際かなりの年月を要した。

 僕はそれを、凄いことだとは思ってない。生まれつき出来たことが、何故かみんな出来ないだけ。全然凄くない。嘘だと思うなら止まり木の鳥に「どうして私たちは飛べないの?」と訊いてみると良い。きっと鳥は少し首をかしげて、君たちのもとを離れていくことだろう。鳥だって無意味な質問に答えるほど暇じゃないからね。



「貴方は良いから。さ、自分のお部屋で勉強してらっしゃい」

 3歳の頃、両親が僕の能力に気付いた日から、我が家には完全分業制が導入された。父親は笑顔を貼り付けてお金を稼ぎ、お偉い方々を歓待してコネを作っていた。母親は暗い台所でずっと家事をしていた。僕は父親を労ることも母親を手伝うことも許されずに、ひたすら高価な本を読み漁っていた。

 僕はなるべく早く成長したくて、法律家になる道を選んだ。数百冊分の法律さえ覚えておけば、身分や年齢に関係なく重用されるからだ。飛び級に飛び級を重ねて、僕はサポロスの大学を12歳で卒業した。両親の許を離れて2年、今では顔もおぼろげにしか覚えていない。



 そんな中で誘われた勇者一行との旅。面白い奴らだった。皆僕にはない何かしらの強みを持っているし、年下の僕にいちいち羨望することもない。こんな奴らとなら仲間ごっこをするのも、まあ悪くはないかな、なんて。



「かしこくなりすぎないで」
「学者は望みを口にしていいし、イヤなことをイヤと言っていい」

 面倒くさがりな魔法使いの少女は僕にそう言った。その瞬間、僕は気付いた。所詮仲間ごっこ、家族ごっこみたいな関係だけど、それが今の僕にとって一番必要なものだったって。カラカラだった枯木の心に水が染み渡るように、僕は得られて初めてその大切さを理解した。今までずっと、僕はこういう協力関係に、憧れていたんだ。

 僕は彼女、アンスティフォリアとささやかな秘密を共有して、友人になる約束をした。アンとの友人関係だけは、仮契約ごっこにしたくなかったから。