Eno.132 エルディス・エアリアルの日記

5:森の情勢

「すでに大森林のことはご存じでしょうが」

 大森林の三将軍――――牙将ナーグルが大森林のほとんどを支配してしまい、大森林にあった魔法街シムカも滅ぼされてしまった。
 ほかの村々も制圧されるか放棄されるかで滅びていく中、この村は大森林の外側近くに存在するため、攻略を後回しにされていた。

「しかし、残る人間の村はここだけになりました。それで、魔物が放たれて……」
「なるほど。あの蛇の魔物……確か、ブラックスネークが放たれた、と……」
「待った、御老人。兵士……いや、この際若い者でもいい。居ないのか?」
 ディータの問いに、老人――――村長は首を横に振る。
「……皆、死にました。ワシの孫も、あの子の父親も、陽気な駐在も。襲い来る魔物と相打ちで、死にました」
「だから、あの子供を助けられるような人が居なくてピンチだった……ということか」
「ええ……本当は、ワシのような老人が身を張るべきでしたが、足が動かなかったのですじゃ」

 沈黙。

「……悪いことを訊いた。」
「いえ、これもワシらの我儘が招いたことですじゃ……そういえば、あなた様達は?」
 空気を変えようとしたか、老人は尋ねる。

「あ、ぼ……んん゛。オレはエルディス!勇者なんだ。魔王を倒す為に旅をしているよ」
「ディータ・ベルンシュタインだ。この勇者の仲間ってところだ」
「おお!なんと、なんと!」
 おおおお、と村長は床に頭をこすりつける。
「どうか、どうか牙将ナーグルを倒してくださいませんか!このままでは弔いも出来ませんのじゃ!」
 土下座する村長に、エルディスは「顔を上げてください」という。
「任せてください。もとよりそのつもりです!」



「……で、安請け合いしたってわけか」
「あはは……」
 ディータはため息をつきながら、今晩の部屋のベッドに腰掛ける。
 今晩は空いた部屋――――誰もいなくなった空き家らしい――――を借りて宿泊することとなった。食事は、あの母子につくってもらった。何度も感謝されたこともここに書いておく。
「というか、あの喋り方はどうしたんだ?」
「ああ、えっと……もうちょっと堂々とした方がいいんじゃないかなってなんとなく思ってさ。ほら、ディータってかっこいいでしょ?」
 するとディータは頭を掻いた。
「あーー、まあ、そうだな。確かにエルディスには威厳が足りないものな」
「ふふふ……あ、ちょっと外出てくるね」
 エルディスが立ち上がると、剣だけ持った。
「あんまり遠くに行くなよ」
「うん、わかってるよ。散歩するだけ」



「……やっぱり気のせいだったかなぁ」
 散歩とは名ばかりで、昼間、あの少女が行った方へと向かっていた。
 なにかあればすぐに帰れるし、どうにかなるよねと思いながら進んでいた。
 夜の森は静かで、しかし、静かすぎる。鳥どころか虫の声すら聞こえない。
 ほんのうっすら瘴気を感じるが、ほとんど無に近いようなレベルで。このくらいなら、まだ住めそうな気もする。

 進んでいくと、扉を見つけた。洞窟入り口に扉と壁を設置したような、隠れ家のような扉だ。
 恐れることなく進んで、こんこん、と戸を叩く。返事はない。
「……あれ?」
 扉に鍵はかかっていない。がちゃり、と開く。
 そろり、と入ってみる。本棚やテーブルがあり、生活感が僅かにある。
 奥の方から、何か音がする。そっと足を忍ばせてのぞき込む。

 青い髪の少女が、なにやら蜘蛛のような小型の生物と会話している。
 よく見えないから、踏み込んだ。すると、ざり、と足元がなった。気づいて目を見開くももう遅く。
「誰!」
 少女は手を前にしながら、エルディスの前に飛び出した。
「あ、えっと」
「誰。どこから来たの?まさかあの村の奴ら?!」
「ちょ、ちょっと」
「こたえて!」
「僕は」
「こ!た!え!て!」
「ちょっと喋らせて??!!」