トトの手記12
早朝の柔らかな光に照らされながら、魅惑の離れ小島の探索を終えて戻る。
拠点に置かれたコンテナには、蒸留しきれなかった様子の水が少しばかり残っていた。ふと、書き置きに目をやると探索前に提案していた作業分担が採用されていたようで、少年少女が手分けして飲み水の確保を行ってくれていたらしい。
少年は非常に働き者である。海水を汲み上げて、蒸留して、コンテナに流し入れる。この作業はかなりの時間と労力を要するのだが、少年はそれを一人でいとも簡単そうにやってみせるのだ。小さな体で海水を汲み上げ、我々の拠点まで持ち帰る、それだけでも重労働だと言うのに……。
少女の方はというと、どこかぼんやりとしておりあまり言葉を発することはない。それでもよく飲みよく食べ、体力がつき疲れ果てた大人たちの代わりに、その蓄えた体力で倉庫やコンテナの増設を担ってくれている。時折不安になる挙動を見せることもあるが、それは幼さ故なのだろう。
それにしても、あのくらいの歳の子供がこの環境で泣き言一つ言わないと言うのは若者のたくましさを感じるが、それと同時に無理をしていないか心配になるものである。
極限状態に置かれた子供は、いつもどこか大人びて、自分の足で立たねばならない重圧から誰にも甘えることができなくなっていくのだ。
我が国では、そんな光景が当たり前であった。
生きていくためには金が必要で、その金を作り出すために幼い頃から働きに出る。無邪気に遊ぶ子供の声は、宮殿とその周辺に住む富裕層の家庭からしか聞こえてこない。貧困に喘ぐ子供らは、親の庇護下でぬくぬくと大事に育てられた子供らの普通の暮らしを知らないのだ。そういう僕も貴族の家庭に生まれ、両親に愛され育ったため、彼らにとっての普通の暮らしを知ったのは12歳の誕生日を迎えるくらいのことだった。さらに酷いところで言えば、自身の子を売り捌き金を得る親までいるのだ。親に見捨てられた子供の絶望は、苦しみは、僕には想像することもできない。そうして幼いながら一人の人間として社会に放り込まれた子供は、なんとか知恵を絞って暮らしていくしかないのだ。
以前、セトの子供らに当時の生活について話を聞いたとき、食事は盗んだものか死んでいる野生動物を焼いて食べ、水はきれいな水が湧くところがあるのでそれを飲んでいたと言っていた。当時も思ったが、子供らの言うきれいな水と言うのは、比較的透明なだけで飲料水とはとても言えない代物だったのだろう。この島の子供と違い、彼らには濾過や蒸留という基本的な知識を知る場所も機会もないので、汚染されている水が原因で亡くなることが多かったのだ。薄汚れた水が、長い時間をかけてじわじわと体を蝕んでいくのだ。あぁ、生きるための行為が命を縮めるなど、なんと悲しいことだろう。
時代は変わったとはいえ今も我が国の文明は遅れている。彼が終戦を選択したは良い判断だったのだろう。奪うだけではダメなのだ。我々は、学ばなければならないのだ。
この島で僕たちが得た濾過と蒸留の技術であれば、我が国の貧しい人々でもきっと手軽に扱えるだろう。それならば、もう少し簡略化できないか考え、持ち帰ってやりたい。これだけでも、未来ある子供たちの命は少しでも助かることだろう。
我が国でも、全ての子供がその存在を祝福されるようになるといいのに。
拠点に置かれたコンテナには、蒸留しきれなかった様子の水が少しばかり残っていた。ふと、書き置きに目をやると探索前に提案していた作業分担が採用されていたようで、少年少女が手分けして飲み水の確保を行ってくれていたらしい。
少年は非常に働き者である。海水を汲み上げて、蒸留して、コンテナに流し入れる。この作業はかなりの時間と労力を要するのだが、少年はそれを一人でいとも簡単そうにやってみせるのだ。小さな体で海水を汲み上げ、我々の拠点まで持ち帰る、それだけでも重労働だと言うのに……。
少女の方はというと、どこかぼんやりとしておりあまり言葉を発することはない。それでもよく飲みよく食べ、体力がつき疲れ果てた大人たちの代わりに、その蓄えた体力で倉庫やコンテナの増設を担ってくれている。時折不安になる挙動を見せることもあるが、それは幼さ故なのだろう。
それにしても、あのくらいの歳の子供がこの環境で泣き言一つ言わないと言うのは若者のたくましさを感じるが、それと同時に無理をしていないか心配になるものである。
極限状態に置かれた子供は、いつもどこか大人びて、自分の足で立たねばならない重圧から誰にも甘えることができなくなっていくのだ。
我が国では、そんな光景が当たり前であった。
生きていくためには金が必要で、その金を作り出すために幼い頃から働きに出る。無邪気に遊ぶ子供の声は、宮殿とその周辺に住む富裕層の家庭からしか聞こえてこない。貧困に喘ぐ子供らは、親の庇護下でぬくぬくと大事に育てられた子供らの普通の暮らしを知らないのだ。そういう僕も貴族の家庭に生まれ、両親に愛され育ったため、彼らにとっての普通の暮らしを知ったのは12歳の誕生日を迎えるくらいのことだった。さらに酷いところで言えば、自身の子を売り捌き金を得る親までいるのだ。親に見捨てられた子供の絶望は、苦しみは、僕には想像することもできない。そうして幼いながら一人の人間として社会に放り込まれた子供は、なんとか知恵を絞って暮らしていくしかないのだ。
以前、セトの子供らに当時の生活について話を聞いたとき、食事は盗んだものか死んでいる野生動物を焼いて食べ、水はきれいな水が湧くところがあるのでそれを飲んでいたと言っていた。当時も思ったが、子供らの言うきれいな水と言うのは、比較的透明なだけで飲料水とはとても言えない代物だったのだろう。この島の子供と違い、彼らには濾過や蒸留という基本的な知識を知る場所も機会もないので、汚染されている水が原因で亡くなることが多かったのだ。薄汚れた水が、長い時間をかけてじわじわと体を蝕んでいくのだ。あぁ、生きるための行為が命を縮めるなど、なんと悲しいことだろう。
時代は変わったとはいえ今も我が国の文明は遅れている。彼が終戦を選択したは良い判断だったのだろう。奪うだけではダメなのだ。我々は、学ばなければならないのだ。
この島で僕たちが得た濾過と蒸留の技術であれば、我が国の貧しい人々でもきっと手軽に扱えるだろう。それならば、もう少し簡略化できないか考え、持ち帰ってやりたい。これだけでも、未来ある子供たちの命は少しでも助かることだろう。
我が国でも、全ての子供がその存在を祝福されるようになるといいのに。