Eno.15 トト・アズハル・イルファンの日記

トトの手記13

 嵐の前の静けさ、とはこのことを言うのだろう。
 少し遠くの空に浮かぶかの雲は、この島に再び恐怖と共に上陸するリスクがある。そうとは言っても、飲料の準備や食料の備蓄は緩やかに進められているため、僕はただぼんやりと時間を持て余していた。

 何もしない時間というのは久しぶりで、時折島の中を吹き抜ける風が心地よい。そういえば、書き置きに花火を作成しておきたいと書いてあった気がする。まあ、この島にある資材でも工夫すれば、実現は可能であろうし少しくらい凝ったことはできるような気もするが……今はこのまま、なんのことも考えずこの静かな時を過ごしていたかった。

 せっかくの休みだ。以前海辺で拾ったカメラを使って、この沈みゆく運命を持つ島の風景を土産に持ち帰るというのもいいだろう。そう思い、セトから渡されたバッグの中から古びたポラロイドカメラを取り出す。漂着物のため、使用は難しいと思っていたが、まだまだフィルムが残っているようでしばらくの記録には困らないだろう。

 顔を上げると、カニ大男たちセトとシシ
がなにやら奇妙なポーズをとりお互いを見つめあっている。
 カメラの動作テストにはちょうどいいだろう。そう思い一枚撮影してみる。即座に現像されるフィルムをしばらくの間ストールで挟み込んでやれば、じんわりと切り取られた風景が浮き上がる。

 先ほどまで見つめあっていたというのに、シャッター音に即座に気づいたのか、カニとセトはカメラに目線を向けている。少しぼやけた色合いの写真は、なんだかいい味を出しているような気がする。ただ、フィルム自体も古い物のようで、カラー撮影は不可能なようだった。また別のカメラを拾ったら、確認してみよう。

 現役での使用ができることを確認してカメラをバッグへ戻そうとすれば、テントから出てきたバスガイドオルテンシアも両手でカニと同じポーズをしながら歩いていく。なんだか面白いと思いその姿を収めようとシャッターを切れば、向こうへ歩いて行ったはずの彼女は一瞬の間に完璧なポーズを決めているようだった。

 なかなか、写真というのは面白い。もう少し撮影してみてもいいかもしれないとレンズを覗き込めば、</b>謎の白い塊</b>が視界に飛び込んでくる。なんだ、これは。レンズから目を離し、それがあった場所を見れば、シシが何かを抱えているではないか!

 そう、この男は、僕の大好物であるチーズをこの島にある食材のみで完成させていたのである。あの重厚なミルクの風味と特有のさっぱりとしながらもクセになる味。白くて少しポロポロとしているあのチーズ!きっと島で採れるきのみと共に食べたら最高に美味であろう!
 鍋の中でほかほかと暖かいチーズを、ひと目見ただけで食べたいという気持ちが強く湧き上がってくる。僕がどれほどそのチーズが食べたかったかは、うっかり力が入った手で、シャッターを切ってしまうほどである。正直、他人の作ったものはまだ抵抗があるが、好物であるチーズとなると、つい手が伸びてしまいそうになるのだ。


 だが、僕は大人であるし、今はなんの仕事もせずにカメラで遊んでいる無能である。そんな人間が、あのチーズを食べたいなどというわけにもいくまい。本当は一口だけでも欲しかった。食べ物をあんなに恋しいと思ったのは、セトが先刻作ったぶどうゼリーを渡してきた時以来だ!

 まあ、でも、きっとセトには僕の願いは、想いは伝わっているはずだから。

 きっと、いや必ず、僕はあのチーズにありつける日が来るはずである。
 今は、嵐よりチーズを口にできないことの方が悩ましく感じる。

 なんだか僕は少し食い意地が張ってきたようだ。

何かが同封されている


共に漂流した物たちの写真。・チーズとシシ・ルイ ・カニとセト、それからシシ・ルイ ・勇敢なバスガイド オルテンシア