Eno.716 仮の日記

泡沫:3

荒れた夜、海は荒れ、潮は満ち、全てを飲み込む。

どれだけあれた濁流の中でも、人魚たちは退屈に暮らしているのだろう。

彼らにとって台風は地上の出来事なのだから。





彼の住む村に村人はあまりいない。
海沿いに存在する小さな集落である。
そこには、村人たちが暮らしていた。
確かに、暮らしていたが、その村人たちにはある特徴があった。

体の一部を鱗に覆われている。
魚と、人が入り混じるような奇怪な顔。
ギョロリとひん剥かれた目は、ただの人間からすれば、不快というよりは恐怖を持つのだろうと彼は想像した。
手には水掻きのようなものがあるし、背中からは尾っぽが生えている。
人によっては、魚のそれ。
足首や手首にひらひらと、鰭もついていた。

──自分はただの人間である。のだと思う。

この環境で数年を過ごし、そしてこの村から出たことはない。
しかし、行商人、または研究者として来る人間の姿は、毎日のように見ている。
彼らはこの村には住み着かず、村の外、森の奥に住むその人たちは、自分と似たような姿をしていた。
自分よりも肌の色は薄かったが、君は日焼けをしてるし、肌は地黒なんだろう、と返されてしまった。
地黒の意味はいまだによくわかっていない。

それでも、自分には、鱗はなく、尻尾もなく、鰭もなかったから、彼らと同じ、ただの人間なんだろう。

別にどうだっていいことだった。
自分の見た目がそうであろうと、村人たちの見た目がそうであろうと、彼らは自分を差別せず、村のものとして接してくれるのだし。

「…」

白い壁の家に戻って、ただいまと声を出せば。

「おう」
「戻ったか」

横たわる病床の父親の姿が、あるだけだ。