Eno.15 トト・アズハル・イルファンの日記

トトの手記14

 セトは今晩、島の子供と過ごすそうだ。
 こんな嵐の夜なのだから、そういうこともあるだろう。僕は年甲斐もなく嵐に怯えるようなことはないし、それが最善である
それにあいつは子供らと触れ合えなくてきっと心寂しいであろうからね。あの少年の傍にいるのが一番いい。嵐が明けるまで少年を守って差し上げればいい、お前は人の役に立つのが好きだものね。

 そんなことよりも、我々はこの嵐が過ぎ去ったら花火大会をするらしい。
 日本国では花火を打ち上げることをそう呼ぶらしく、食料の野外販売をおこなったり、並行して祭を楽しむそうだ。我が国では大袈裟で見栄っ張りで贅の限りを尽くしたくだらぬ式典で打ち上げる物であるが、火を愛する我々は、そんな炎も愛おしく思ってしまうのだ。
その花火をすでに作った先駆者がいるあたり(名乗り出ないというのはなんとも謙虚な創作者だ)、どうやらこれは、僕でも製作可能な様子。材料も無事に全て揃っていたということで、製作の許可が降りた。
文献で読んだことがある、色が変化する花火。まずはこれにしよう。上手くできるかはわからないが、子供らや島の住民たちが喜んでくれるよう、最善を尽くそう。せっかくだから、この間の借りもあることだし、カニたちの姿を模したものを作るのいいかもしれないね

 役に立つということは気分がいいな?なあ、お前もそう思うだろ、セト


























小さな手記の間から、酷い皺のついた破れかけているページが覗いている。




 ねえ、聞いたよ、お前たちの話。いやでも聞こえてくるからね。
 こんな嵐の中、人間と変わらないその体で、守ってやるだなんて、お前は本当に勇敢で健気で慈悲深い神様なのだね。少年から慕われて随分と嬉しそうだったじゃないか。頼りにされて、本当に幸せそうであったね。まあ、お前は人間の役に立つのが何よりも好きで幸福を感じるのだからな、当然のことさ。お前は禍津神陽なのだから、お前たちは人間からの信仰が、がなければ生きられないのだから!その、とても勤勉で勤労で、健気な少年と仲を深め、愛されるように振る舞えばいい。
 それに僕は気付いているよ、怯えて垂れ切っていた尻尾に気付いてもらえて安心したのだろう?自分の不安を癒してくれる少年が気に入ったのだろう。お前はそういう子供が好きだものね、素直で心清らかな子供が好きなのだものね。知っているよ、そんなことは。当然知っているよ。だってお前は僕が育てたのだからね。あの宮殿で、一人ぼっちで泣いていた捨て猫のお前を、ここまで育てたのは、この僕なのだから

 あぁ、これならば、僕がお前に与えた、人形も、お守りも、要らなかったかもしれないね。だってお前、少年からの気持ちだけで十分であろう?僕のお前に与えたそれらは、所詮、その場しのぎに心を慰めるためのものでしかないものな。神を信じぬ僕からの贈り物など、なんの意味も持たないだろう。その少年からの信仰を得ることができれば、僕の用意した紛い物の加護と、それなど、なんの価値も無くなろうだろうからね!お前は少年が眠れるように、僕が貸し与えたランプでテントの中を照らしてやればいいさ。そのランプの意味を、僕は、お前に教えたよな?そうやって行動で示してやればいい。愛しい子のために、灯りを焚いてやればいい。親が子にするように、慈愛を込めて。そうだ、もしも、僕のランプを使わなかったとしてもお前はその少年を寝かしつける時に、どうせ焚き火を眺めるのだろう?だったらその時に、僕が与えたものはすべて炎に焚べて燃やしてしまえ!不必要なものは、すべて焼き捨てて、思い出にもならない燃えカスにしてまえばいいのだ!

 お前はもういい加減、化石のような人間と一緒にいるのには飽き飽きしてきたのだろう?そんなこと、僕は、自分でしっかりと理解している。お前に僕がどう映っているのかを。僕は賢いから、なんでも知っているから。ずっと煩わしかったであろう。こんな島でも、いつも通りの僕が。邪魔であっただろう。一人ではどこへも行けない僕のせいで、他人の役に立つ機会が奪われるのだから。
 僕はいつだって、死んでしまえばいいとされる人間だったのだから。知ってるんだ、よくわかるんだ。
 だから、だから僕は、あの宮殿でも一人ぼっちだったのだ。知っているよ、わかっているとも、そんなことは。当然全部知っているよ。
 
 だってお前は、この僕が拾い育てたのだから……

 あの広大で窮屈な宮殿の中で、捨て猫のようだったお前を拾って育てたのは、僕だ。お前の全てを教えたのは僕なのだ!お前のことならなんだってわかるのだ。だから、今、お前が、その少年を愛おしいと思っていることなどお見通しなのだ。このなれない嵐に心を騒つかせているのに気づいてくれたのは、その少年だけだったものな。嬉しかったのだろう?自分を気遣うその少年の存在が。愛おしいのだろう?
 少年の小さな腕の中でピイピイ情けのない声をあげて鳴くがいいさ。きっと心優しい少年は、お前の心を慰めてくれるだろう。僕のように体だけが子供のままの醜い大人とは違う清らかな心で
 
 僕は、この慣れない嵐の中で、お前たちの声を聞くたびに、おかしくなりそうで、たまらなくなって、こんな嵐の中だというのに飛び出して消えてしまいたかったよ。花火を作るために仕事場へ移動したが、ただお前たちの話を聞きたくなかっただけだ。
 頭を空にして作業に没頭していないと、碌でもないことを考えてしまうから。僕の不安はきっとお前には見えなかっただろうね。だって見せたって何にもならないから。僕は大人で、お前はこどもなのだから!ここには彼もいないし、お前が、僕を、見捨てたならば、僕は最も価値のない人間に成り下がるだろうね。お前、初めの夜に僕に言ったよな?一番に捨てられるのは僕だと。そんなこと、わかっているのだ。わかっているから、僕はこうしてここで存在価値を示さなければならないのだ。角が立たないよう、不快にさせないよう、ずっと、ずっと ずっと ずっと! ずっと気を張って、誰にも、敵意を向けられないように必死なのだ。皆が、あの目で僕を見てくるんじゃないかと恐ろしくて仕方ない。
 
 本当は皆が楽しそうに囲む食卓を見るたびに手が震える、岩場の探索はここから突き落とされないか心配で足がすくむのだ。それを悟られないように振る舞う度に、欺いているようで、息がくるしくなる。
 
 なあ、お前は知らないだろう。
 僕は、あの宮殿の中で二度殺されかけたのだ。毒入りの食事が喉を伝った後の苦しみをお前は知っているか、信用していたものから窓から突き落とされる恐怖を知っているか、信じ守ってくれる人間がそばにいない孤独を知っているか?
 知らなくて当然だ、僕は、お前にそんなことただの一度も話したことなどないのだから。お前にはそんな孤独は知ってほしくなかったから、お前には知られたくないのだから。僕にとってお前はいつまでも捨て猫の時の幼いお前のままなのだよ。あのね、僕は、お前が他人と食事を共にするのを見るだけで、恐ろしくなる。もしも僕がこの場で毒に倒れても、あの時な奴らのように僕を嘲笑うのではないかと怖いのだよ。探索の時に突然海に沈められないか、怯えているのだ。お前のことは何よりも誰よりも信頼しているが、それと同時に今はお前が最も恐ろしいのだ。だって僕に価値が無くなれば、お前はたちまち、僕の手を離すのだろう?

 だってお前は一度、僕の手を離したのだから。
 
 僕を、あの火の中に落としたのはお前だよ。お前が、僕を焼いたのだ。お前が僕を殺したのだから。どうして、どうして、僕は戻ってきたのだろう、どうして、どうして僕はお前のために、死ねたのに、こんな島に流されて、お前がかわっていく姿を見せつけられるのだ。僕は、あの日の姿のまま、もう二度と変わることがないというのに!ああ、あの時、僕は、大人しく灰になって死んでいたらよかったのだ。ここはいい、雨の音が酷くって、他のテントの音なんか聞こえないから。僕は、これ以上、お前が、僕から離れていったら、きっと、きっと。お前は僕がこの嵐の中飛び出して、二度と戻らなくなっても、涙ひとつこぼさないのだろう。<b>僕が、そう育てたとはいえ、なんとも思わないのだろう。僕の死を悲しむものはいないのだ。海の向こうに残してきた愛しの旦那様だって、どうせ一時的な気の迷いで愛を囁いただけなのであろう、今頃他に妃を新たに迎えているのだ。王族なんて貴族なんて、あの穢らわしい宮殿に住まう人間なんて、みんなそうなのだ。

 違う、嘘だよ、僕はお前に殺されたのではない、僕が望んだのだお前が子供らと幸せに生きていくためならば。それでよかったのだ。お前が死ぬくらいなら、僕が代わりに死にたかったのだ。僕がたまらなく不安になるのは、きっと、あの少年をお前が選んだら、再び僕は死に絶え、もう二度と会うことが叶わなくなると思っているからなのだろう。
 
 お前も少年も、何も悪くないというのに。

あぁ、本当に、本当にひどい文章だ。こんなものが何に使えるというのだろう。
この嵐が収まる頃にはきっと、きっと、元の自分に戻るから。早く過ぎ去っておくれ。
そしてどうか、次の夜は、お前の腕の中で眠ることをどうか許してほしい。

少し、眠ろう。

大丈夫、目覚めたらいつも通りの僕さ。皆のために花火を作ろう。きっと喜んでくれるだろう、僕はそれがたまらなく嬉しい。大丈夫、大丈夫だよ、トト。少し疲れているだけだ。ここには、僕を理解し、受け入れてくれる人間ばかりではないか。

だから、でも、きっと、その優しさゆえに、こんなことを考えてしまうのだ。

ねえセト、僕は、僕は、ずっと……

(この先は、筆跡がひどく乱れていて誰にも読むことはできない)