Eno.937 吟遊詩人の日記

『   』

 
私は、とある森の中の 木漏れ日の下で眠っていた。
…というのは、彼から聞いた話だ。

彼はそんな私を見つけて引き取ってくれたから、目が覚めた頃にはもう彼の住処にいた。
だから、眠っている間のことも、その前のこともよく知らない。
本当の血族も、そこにいた理由も、何も知ることはない。
知ろうとも思わなかった。

後から聞けば、彼も同じような出自なのだという。
2人ともどこか似ているから、
『もしかしたら私達は、森が生み出した兄妹なのかも』なんて、よく言っていたっけ。


私が彼の家族に加わってからしばらくは、とても穏やかな月日が流れた。
私は彼に『■■■■■』という名前を貰って、いろいろな事を教わった。
言葉や、生きるために必要なこと、それから魔法。
“海渡りの唄”も、その中の一つだった。

それから 彼は時々、変な歌で私をからかって遊んだものだから、いつしか私も対抗して、歌を歌うことを覚えた。
それと一緒に、楽器の奏で方も教えてもらったのだ。


彼は“吟遊詩人”というもので、私を見つける前はよく人の多い場所にいたらしい。
「歌いに行かなくていいの?」と聞いたら、
『今はいいんだ、■■■■■がもう少し成長して、立派な魔法使いになったら一緒に旅に出よう』と答えた。
いつか来るその日が楽しみで、私はそれまで以上にありとあらゆる事に打ち込んだ。
魔法も歌も、言葉もそれ以外も、全部。


とても幸せな日々だった。
ずっと続くと思っていた。
いつか共に旅に出るのだと、そう思っていた。
…けれど、それは叶わなかったのだ。




“あの日”から、私達の全ては変わってしまった。