Eno.15 トト・アズハル・イルファンの日記

トトの手記15

 島を揺らすほどの轟音が聞こえ目を覚ます、嵐はとっくに止んでいた。
 仕事場としているテントの垂れ幕が揺れ、眩しい太陽の光が差し込んでくる。

 ぼんやりとその光景を見ながら昨夜の失敗を思い出す。
 僕は、あの少年に嫉妬をしていたようだ。あんなにも小さくてまだ僕の半分も生きていない幼い少年に。僕とセトは運が良く同じ島に流れ着くことができたし、どうやらよく顔を合わせる二人シシとオルテンシアも顔馴染みの様子。二匹のカニも共にこの島へと渡ってきたのだろう。そんな中、あの幼さで一人この島で暮らしていかなければならないとなると、どれだけこの島が賑やかでも胸の内は大変心細いものであっただろう。それならばセトのそばにいるのはとても落ち着いたであろう。あいつは何でもそつなくこなすし、何よりも大柄で、そばにいるだけで安心感を与えられる。だから、あの少年は、あの嵐の夜にセトを頼っていたに過ぎないのだ。

 長い間、夜はあいつと共に寝る(正確にはあいつが無理やり寝かしつけてきたというなんとも傍迷惑な話なのであるが)のが習慣づいていたからか、一人逃げ出してきた仕事場の床で丸まっても、ストールに身を包んでいても、全く眠れなかった。その代わり頭の中ではセトが、僕以外の人間と仲を深めているのを見るのが辛いだとか、あれは僕のだとか。あれがいなくなってしまったら僕は永久に一人なってしまう、などと永遠に泣き言が溢れ続けていた。どこか遠くへ、誰もいないところへ行きたい。そう思い立ち外を見れば、荒れ狂っていた空は一時的に和らいでいた。そして僕はそのまま外へ飛び出した。

 きっと、こんな天候だ、確認はしていなかったが拠点以外には誰もいないであろう。そう思い島の中を歩き回る。
ぐるぐると頭の中を占拠する、よろしくない思考は僕の後をピタリとついてきて、離れてくれない。何かをしていないと気が狂わんばかりの状態での遠出など、何も良いことは起きないのは明白だというのに、ただその歩みは止まらなかった。

 気がつけば、僕は、洞穴の中にいた。
 ただ、その場にしゃがみ込みボーッと足元を眺める。普段全く使われない足は少し擦れ小さな傷ができていた。痛い。痛かった。自分の足で歩くというのはとても疲れる。嵐が再び上陸するまでに帰れるだろうか、誰も僕の帰りは待っていないだろうか、そんなことを考えていると、きらりと足元で何かが光っている。
 なんであろう?拾い上げてみれば、それは、青色のガラス片。折角、あいつを忘れるためにここまできたというのに!僕だけが、あいつの面影を、あいつのことを思っているようで辛かった。本当は、この孤独と不安に苛まれている今、そばにいて欲しかったのだ。まあ、それを素直に伝えられる可愛げなど僕は持ち合わせていないのだが。セトの腕の中で何も考えず眠っていたかったのだ。

 結局、僕にはあいつのそばにしか居場所はない。この島でも、この先にも。だから、自然とあいつの元へと歩みを進めてしまった。テントの中で、少年を愛おしそうに抱きしめる姿を見た時、僕はこの場にいてはいけない、そう思った。この場所は可愛らしい少年に受け渡さなければならない、なぜならセトもそう望んでいるから!としか考えられなかった。

 逃げ出そう、そう思い踵を返そうとすると、少年に引き止められる。そしてそのままされるがまま少年に濡れた髪を拭かれ、着替えを与えられ、世話をされる僕は何をやっているんだ。
 少年は眠らなくてはいけないと言っていた。全くもってその通りであった、睡眠をとらないと思考がうまく纏まらない。そんなことはわかっていたが、この環境でセトがそばを離れるだけで僕は眠れもしなくなったなんて思いもしなかったのだ。
 
 少年が髪を撫でつけて乾かそうとしてくれるたび、ふわりと香るやつの匂いが少しずつ、少しずつ、僕の思考を落ち着かせる。目の前の少年は、ひどく心配そうな瞳をしていた。今思えば不安な少年をさらに不安にさせるなど、本当に恥じるべきである。それでもその仕草がなんだか嬉しく思ってしまった。自分を心配してくれる存在なんて今まで数えるほどもいなかったから。あの時、本当は、声を上げて泣いてしまいそうだった。こんな訳のわからぬ大人を受け入れる少年を見て、僕は泣きたくなったのだ。この島の人間は残酷なまでに優しい。これほどの優しさに触れてしまったら、今までの人生が少し惨めになるくらいである。

 セトの腕に少年と共に抱かれ寝るのは、悪くなかった。一人分多い体温がとても心地よかった。少年から伝わる鼓動の音が、僕の早まる鼓動を少しずつ落ち着けてくれる。なんだかとてもほっとしたのを確かに覚えている。子供の温かな体温はじんわりと冷えた体を温める。それがなんとも嬉しく、気がつけば眠りに落ちていた。

 目が覚めた時、隣に空の体温残っていなかったのが寂しく感じた。


 ああ!改めて思い出すとなんと恥ずかしいことか!
 こんな、こんな感情の制御の一つできずに他者に迷惑をかけるなど、イルファン家の名を汚す行為である!
 嵐とあの汽笛の音からくる不安で、あんな情けのない行動を僕がしてしまうだなんて!
 本当に、本当に恥じるべき行為である!

 
 きっと、他にも思い出せないくらい、迷惑をかけてしまったのであろう。
 僕はこれからそれを取り戻すためにこの島のため、少年のためにも頑張らねばならない。

 こんな場所ではなく、空が本当に安心できる場所へ早く帰してやらねばならない。
 これを、僕の償いとさせておくれ。