Eno.91 シィリヤーレルの日記

虚像鏡【0-1 僕は道化の王子様】


【0-1 僕は道化の王子様】

  ◇

 あいつは忘れているだろうけれど、
 僕らは最初、双子だったんだよ。



 極北の地プルリタニア。
 長く続く血筋なんてない簒奪王家の双子の王族。

 姉はシィリヤーレル、弟はシィセサーテス。
 男子が王を継ぐという決まりだったから、
 弟の僕が次の王になるはずだった。

 僕は厳しい教育を受けた。
 いつも怒鳴られたし殴られていた。
 僕は次の王だ、仕方がないよね。

 剣も勉強も沢山教わって、
 僕は真面目に頑張っていた。
 それが“正しい”ことだと信じていた。

 姉さんはそんな必要がないから、
 好きに自由に生きることを許されていた。
 この凍れる大地で植物の魔法を自在に扱う美しい姉さんは
 何の才能もない僕よりももてはやされて、輝いていた。

 僕は姉さんのことが、
 羨ましくてたまらなかった。

 そんな姉さんには、大きすぎる欠点があった。

「あのお姫様は、頭が弱いらしい」


「いつまでも子供のようなお姫様だ」


 シィリヤ姫は頭に障害を持って生まれた子なんだと、
 周りの人々は噂した。

 姉さんは幼い心のまんまで天真爛漫に笑っていて、
 幾ら教えても難しい話を理解出来なくて。
 愛でられる姫として、愛玩される姫としての役割ならば、
 充分に果たせるような、そんな存在で。

 姉さんは可愛がられていた。
 品行方正な王子であれと厳しい教育をされてきた僕は、
 真面目に頑張ってきていた僕は、
 撫でて貰ったことすらないのにさ。

 何も努力しないで自由に生きているだけの姉さんは、
 それだけで大事にされていたんだ。
 馬鹿みたいじゃん。

「──シィセス、姉さんを支えてあげるんだよ」
「──君は頭が良いのだから」
「──君は将来、立派な王になるのだから」
「──姉さん想いの優しい弟で居てあげなさい」


 いつもいつも言われていた。

──うんざりだ。


 心はいつも反抗していたけれど、
 笑顔貼り付けて姉さんを支えていた。

 お前のせいで、僕の人生めちゃくちゃだ。
 親の愛は全て姉さんに向かって、
 僕は姉さんのケアを任され、
 厳しい教育ばかりを受けて温もりなんて知らないで!

 心に仄暗く灯る思いがある。
 僕は生まれ方を間違えたんだ。

「…………」


 寂しいなんて言わないからさ、
 お父様、いつか僕を撫でてよ。
 お母様、いつか僕を抱きしめてよ。
 それだけで僕は、救われるのに。

──救われない、報われない。
 だぁれも僕を助けちゃくれない。


 品行方正な王子になりましょう、
 周りの期待に完璧に応えましょう。
 望まれている姿になったら、
 その時は、ねぇ、ねぇ──僕を、


 やさしい うたが きこえてた。

 僕は親には大事にされないけれど、
 姉さんだけは、僕に優しく接してくれていた。

 傷だらけの僕を見て、
 いたいのいたいのとんでけって。
 あぁでも、僕は素直に笑えない!

(──お前さえいなければ)


 誰にも愛される姉さんさえいなければ、
 みんな僕を愛してくれるはず。
 そう思うのは、間違いですか?

(──いっそのこと、
 姉さんを殺してしまえたら)


 苦しかったけれど、
 “品行方正な王子”が弱音を口にしちゃいけない。

 だから僕は、仮面を被ることにした。
 いつもへらりと笑っていましょう。
 痛くない、苦しくない。笑っているなら、ほら、ほら!
 僕は道化の王子様!

 真面目に生きているよりも、道化ていた方が、
 みんなはまだ僕を大切にしてくれた。
 僕は“正しい”が分からなくなった。

 心に蓋をするのが当たり前になった。
 誰も、本当の僕なんて必要としなかった。

 そうやって生きてきていた。
 いつかはそんな僕が王様になって、
 皆を纏めるんだと思っていた。

 だけど、ある日、物語は強制的に動き出した。

  ◇

 僕ら双子が12歳の頃の夏、お父様が死んだ。
 歩いていたらシャンデリアを繋いでいた紐が切れて、
 運悪く・・・真下にいたお父様を直撃して。

 事故なんだと周りは言った。
 お父様の葬儀はしめやかに執り行われた。
 お父様が死んだから、必然的に僕が次の王になった。

 でもシィセス王子はまだ若すぎるからと、
 僕が王としての権力を行使することは許されなかった。
 アウナーという貴族が
 勝手に後見人になって実権を握った。
 全てはあっという間に終わっていた。

 事故なんだ。事故ということにされた。
 でも僕は、そんな都合良く
 事故が起こる訳がないと疑っていた。

 王様になれば好き勝手出来る。
 それを信じて王の座を狙う人間は、
 このプルリタニアには多い。

 お父様。怒鳴られて殴られた記憶しかないけれど、
 それでも僕は尊敬していた。
 お父様の治世は良いものだった。
 息子に期待を掛けるのも当たり前なんだ。
 僕の目指す先にはいつも、お父様がいた。

 死んでしまった。そうか、と思った。
 僕の道標が、なくなってしまった。

「………………お父様」


 あぁでも亡くなる前に、
 一度くらいは僕のことを撫でて
 抱きしめて欲しかったと願うのは、
 我儘なのでしょうか。

 想いを全て封じ込めて、僕は今日も道化を演じる。
 完璧なように演じ切る。
 僕は道化の王子様。道化は涙を流さない。

 笑っているなら、ほら、ほら!
 苦しくないし、みんな大切にしてくれるから!


「…………」