虚像鏡【0-1 僕は道化の王子様】
【0-1 僕は道化の王子様】
◇
あいつは忘れているだろうけれど、
僕らは最初、双子だったんだよ。

極北の地プルリタニア。
長く続く血筋なんてない簒奪王家の双子の王族。
姉はシィリヤーレル、弟はシィセサーテス。
男子が王を継ぐという決まりだったから、
弟の僕が次の王になるはずだった。
僕は厳しい教育を受けた。
いつも怒鳴られたし殴られていた。
僕は次の王だ、仕方がないよね。
剣も勉強も沢山教わって、
僕は真面目に頑張っていた。
それが“正しい”ことだと信じていた。
姉さんはそんな必要がないから、
好きに自由に生きることを許されていた。
この凍れる大地で植物の魔法を自在に扱う美しい姉さんは
何の才能もない僕よりももてはやされて、輝いていた。
僕は姉さんのことが、
羨ましくてたまらなかった。
そんな姉さんには、大きすぎる欠点があった。

「あのお姫様は、頭が弱いらしい」

「いつまでも子供のようなお姫様だ」
シィリヤ姫は頭に障害を持って生まれた子なんだと、
周りの人々は噂した。
姉さんは幼い心のまんまで天真爛漫に笑っていて、
幾ら教えても難しい話を理解出来なくて。
愛でられる姫として、愛玩される姫としての役割ならば、
充分に果たせるような、そんな存在で。
姉さんは可愛がられていた。
品行方正な王子であれと厳しい教育をされてきた僕は、
真面目に頑張ってきていた僕は、
撫でて貰ったことすらないのにさ。
何も努力しないで自由に生きているだけの姉さんは、
それだけで大事にされていたんだ。
馬鹿みたいじゃん。
「──シィセス、姉さんを支えてあげるんだよ」
「──君は頭が良いのだから」
「──君は将来、立派な王になるのだから」
「──姉さん想いの優しい弟で居てあげなさい」
いつもいつも言われていた。

──うんざりだ。
心はいつも反抗していたけれど、
笑顔貼り付けて姉さんを支えていた。
お前のせいで、僕の人生めちゃくちゃだ。
親の愛は全て姉さんに向かって、
僕は姉さんのケアを任され、
厳しい教育ばかりを受けて温もりなんて知らないで!
心に仄暗く灯る思いがある。
僕は生まれ方を間違えたんだ。

「…………」
寂しいなんて言わないからさ、
お父様、いつか僕を撫でてよ。
お母様、いつか僕を抱きしめてよ。
それだけで僕は、救われるのに。
──救われない、報われない。
だぁれも僕を助けちゃくれない。
品行方正な王子になりましょう、
周りの期待に完璧に応えましょう。
望まれている姿になったら、
その時は、ねぇ、ねぇ──僕を、
やさしい うたが きこえてた。
僕は親には大事にされないけれど、
姉さんだけは、僕に優しく接してくれていた。
傷だらけの僕を見て、
いたいのいたいのとんでけって。
あぁでも、僕は素直に笑えない!

(──お前さえいなければ)
誰にも愛される姉さんさえいなければ、
みんな僕を愛してくれるはず。
そう思うのは、間違いですか?

(──いっそのこと、
姉さんを殺してしまえたら)
苦しかったけれど、
“品行方正な王子”が弱音を口にしちゃいけない。
だから僕は、仮面を被ることにした。
いつもへらりと笑っていましょう。
痛くない、苦しくない。笑っているなら、ほら、ほら!
僕は道化の王子様!
真面目に生きているよりも、道化ていた方が、
みんなはまだ僕を大切にしてくれた。
僕は“正しい”が分からなくなった。
心に蓋をするのが当たり前になった。
誰も、本当の僕なんて必要としなかった。
そうやって生きてきていた。
いつかはそんな僕が王様になって、
皆を纏めるんだと思っていた。
だけど、ある日、物語は強制的に動き出した。
◇
僕ら双子が12歳の頃の夏、お父様が死んだ。
歩いていたらシャンデリアを繋いでいた紐が切れて、
運悪く真下にいたお父様を直撃して。
事故なんだと周りは言った。
お父様の葬儀はしめやかに執り行われた。
お父様が死んだから、必然的に僕が次の王になった。
でもシィセス王子はまだ若すぎるからと、
僕が王としての権力を行使することは許されなかった。
アウナーという貴族が
勝手に後見人になって実権を握った。
全てはあっという間に終わっていた。
事故なんだ。事故ということにされた。
でも僕は、そんな都合良く
事故が起こる訳がないと疑っていた。
王様になれば好き勝手出来る。
それを信じて王の座を狙う人間は、
このプルリタニアには多い。
お父様。怒鳴られて殴られた記憶しかないけれど、
それでも僕は尊敬していた。
お父様の治世は良いものだった。
息子に期待を掛けるのも当たり前なんだ。
僕の目指す先にはいつも、お父様がいた。
死んでしまった。そうか、と思った。
僕の道標が、なくなってしまった。

「………………お父様」
あぁでも亡くなる前に、
一度くらいは僕のことを撫でて
抱きしめて欲しかったと願うのは、
我儘なのでしょうか。
想いを全て封じ込めて、僕は今日も道化を演じる。
完璧なように演じ切る。
僕は道化の王子様。道化は涙を流さない。
笑っているなら、ほら、ほら!
苦しくないし、みんな大切にしてくれるから!

「…………」