Eno.1068 魔王の日記

陽の下で願った日

砂浜で便箋を見た時から、ずっと思っていたことがある。
………この島は沈む。
もし、もし自分が、この島と共に沈めば。
エゾデスは平和になるのだろうか?



「また新たな王が立ち、戦がつづく。」



「あんたが異界の海に沈んでできた平和なんざ
 俺は嫌だね」




決して、自分の部下には言えなかった考え。
面白いくらいお人好しで、思ったよりも理性的な回答が帰って来た。
なんだかな、エゾデスに帰れば相対する存在だというのに、魔王を立たせるのは人間なのか。


当然、自分という魔王がただこの島と沈むだけでエゾデスの戦いが終わるとは思っていない。
誰かが王になって、戦いは続く。
一時の平穏だ。


でも、でも。違うの。
自分が失敗した時、それは世界の終わり。


『夢を見ていた鯨が目覚めてしまう』
『捧げましょう。捧げましょう。』
『最も崇高で強い魂を』
『勇者の血肉と魂を』
『捧げましょう。捧げましょう。』
『そして再びおねむりください』

『邪神 レヴィケートゥス』

『かつて世界を食らった母よ』



"島食いの邪竜とは名ばかりの、それは鯨だった。"
"美しい夢の世界を喰らう獣。すべてを飲み込む災厄。"
"すべての命を、その腹という海に還す終末の母。"



「もしも余が失敗したら」



「その時は、勇者達と協力して
 余を討ってほしい」



「頼んだぞ、セバス。」




そう、まるでかの伝承のように。
勇者を筆頭に、人と魔が手を取り合って邪神を倒すのだと。
この島で過ごす皆を見ながら、そんなことを思い描いていた。



………魔王アザーラックとは、伝承の中の魔竜。邪神の肉体から生まれた、意志を持った怪物。

海の底で目覚め、光を夢見た放浪者。

いつの日か勇者と呼ばれ、魔王を打倒したお尋ね者。

そして今は、幾多の勇者を薙ぎ払ってきた魔王。


世界を見た怪物は思う。この世界は美しいと。
夢を見た怪物は思う。この世界を守りたいと。
宝物を持った怪物は思う。家族を失いたくないと。


だから勇者を探せと妖精を遣わした。
だから人間の領土を侵略した。
早く早く!早く勇者を喰らわないとこの居場所も全て壊してしまう。

誰でもない、自分の手によって。



「魔王様が皆で人間領のオタールにも
 行ってみたいと言っていたから
 きっとそっちも呼び出されるわよ。」



「もう少しだけ優しい世界に生まれていれば
 僕ら誰も死なないでよかったのかもね」


「……もし行き先に迷っていたら、
 そのときは俺が案内してやるか」



困った、困った、やりたいこと、楽しみなことが増えていく。

勇者を殺さないと邪神が目覚める。
勇者に負けても邪神が目覚める。

ぐるぐる考えすぎてわからなくなってくる。
段々とおぼろげになっていく頭の中。
眠気が強くなる日々。
何も感じない食事。
気づけば剣を握って何かを破壊しようとした、危ないから、外で昼寝することが増えた。




『世界を救うためにお前を殺す。』


『生きたければ余を殺して世界を救え。』


『人間とは理由を求める生き物なのだ
 何か失敗した時、正当な理由がほしいからな』




理由を求めてたのは、ずっと自分だった。
自分に、死ぬための理由を世界がずっとつきつけてくる。


欲望が人を動かすというのなら、これがきっとそうなのだろう。
ああ、やっと今理解できた。
これが三つ目の願い。

魔王はまだ生きてみたい。
















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それは忘れかけていた人の名。
思い出させてくれて、ありがとう。イーサン。