Eno.91 シィリヤーレルの日記

【0-4 偽りの“二重人格”】


【0-4 偽りの“二重人格”】

  ◇

 姉さんの身体を乗っ取った僕だけれど、
 姉さんの魂そのものが消えた訳ではないらしい。
 あれから2年は過ぎたある日のこと。
 僕は姉さんと──入れ替わった。

『…………ッ!?』


 気付いたら、世界は
 薄く透明な膜の向こう、覆われていた。
 姉さんの身体を誰かが動かしている。

「…………あれー?」

 とぼけたような声。
 僕が乗っ取った後の声じゃなくて、これは、

(……姉さ、ん?)

 膜の中から全てを見ていた。
 姉さんは身体を動かして、きょとんとしている。

「ずっとずっと ねむってた みたいな
 ふしぎな かんじ……」


 ぐ、と伸びをして部屋の外へ出た。
 今の僕じゃこの身体を動かせないみたいだから、
 諦めて、大人しく中から見守ることにした。

「みんな おはよう!」


 姉さんは元気よく挨拶をしている。
 周りの人たちは驚いた顔をしていた。

「シィリヤ……姫……?」
「そうだよ わたしだよ!
 おどろいたかおして どうしたの?」

 きょとん、無邪気な顔。

「シィリヤ姫……ですよね?」
「わたしだよー!」

 はーいと手を挙げる姉さんに、
 貴族アウナーは呆然。

 あなたは、無邪気な姉さんを覚えていますか。

 僕はもう、調査して知っている。
 シャンデリアを落としてお父様を殺したのも、
 姉さんに『王になりませんか』と囁いて
 結果として僕が死ぬことになったのも、
 みんなみんなお前のせいなんだって。

 何食わぬ顔をしておきながら、
 お前が策謀を張り巡らせて
 王家を乗っ取ろうとしていたこと、
 ちゃんと調べ上げているんだから。

 ふたりの会話は、続いている。

「……失礼。無邪気なシィリヤ姫を、
 久しぶりに見ましたもので」
「わたしは ずっと このまんまだよー?」
「…………。
 姫は、弟君が亡くなられた事件を、
 覚えておいでですか?」

「わたしに おとうと
 なんて いないよ?」


 姉さんは不思議そうに、そう言い切ったのだ。

 理解した。

 あの日、僕を、シィセスを殺した姉さんは
 一度確かに壊れた。
 そして壊れた心を守る為に、
 僕の記憶ごと忘れ去ってしまったのだと。

「わたしは さいしょから ひとり!
 そうよね、アウナー!」
「…………失礼致しました。
 その通りです、シィリヤ姫」

 そしてアウナーもそれを肯定した。
 僕なんて最初からいなかったことにした。
 “シィセサーテス”は誰からも忘れ去られてしまった。

 君には僕が見えるかな?
 見てよ、認識してよ。
 誰か、“シィセス”を──!

 悲しくて虚しくて憤ろしくてたまらなかった。
 姉さんだけは僕をちゃんと見ていてくれたのに、
 その姉さんからさえも忘れられて。

「僕は、此処に、いるのに──!」


 叫びは、だぁれにも、届かないんだ。

 その日から、僕と姉さんの魂は時折、
 入れ替わって身体を動かすようになった。
 とは言えこの身体の主導権は基本的に僕にある。
 けれど偶に現れる姉さんのことを、
 他の人たちにはどう説明するべきか。

 本を読んでいて名案が浮かんだ。

「……僕は“二重人格”なんだ」


 そういうことに、しておきましょう。
 虚像が実像の振りをしていること、
 だれにも言わないで、胸に秘めて。

 “二重人格”のシィリヤーレル。
 飄々とした「僕」と無邪気な「わたし」。
 最後まで騙し切って立派な女王になるからさ、
 誰も真実を見透かさないでくれよ?

 いつかお父様は、
 『誠実な王になれ』
 『民に嘘をつくんじゃない』と言っていたけれど。

 ごめんね、僕はこれからずっと、
 嘘を吐いて生きていくから。
 理想の王様にはなれない。
 それでも僕なりに、やるしかないだろ。

 13歳の、夏の日のこと。
 僕は更に一枚、仮面を被った。

【前日譚 シィリヤーレルの虚像鏡 完】