Eno.10 戦士の日記

戦士

――俺は、強くなりたかった。
強くて大きなものになりたかった。

それは天に輝く星のようなもの、闇夜に瞬く希望。
あるいは、暗い水底に揺蕩う光。

この世界には、勇者と魔王が存在する。
俺はそのどちらでもない。
俺は、戦う者……戦士だ。

「おれ、大きくなったら竜になりたい」


「私は魚になってほしいな」


「なんで?竜のほうがつよくてかっこいいだろ」


「お魚になったら、生で良し煮て良し焼いて良しだから」


「我が姉ながら食い気に溢れていて怖い」


「ウフフ、そうかしら?照れちゃうわ」


「ほめてないほめてない……時間だ、そろそろ行ってくる」


「いってらっしゃい、イーサン」



覚えている限りではこれが家族との最後の会話だった。
なんてことはない、自然と共に生きるエルフの小さな漁村で、漁師の家に生まれ、
魚や貝をとっては加工して売りに行く。
穏やかで他愛ない日々が、ずっと続くと思っていた。

その日だ。
強大な魚が全てを飲み込んでいったのは。
緑と湖水の青が美しい故郷は、どす黒い土砂に潰れ、
嵐によって家々も森もなぎ倒され、濁流があまねく景色をさらっていく。

まさしく天災だった。
魚と形容するよりも、生きる嵐というべきだろうか。
きっと、天候を操るという竜と言っても過言ではない。
青みがかった褐色と、銀色の姿が暴風と竜巻、
大波と飛沫の最中を悠然と泳ぐ。

それは巨大な顎をもって、山をも飲み込む。
それは強靭な鱗をもって、生半可な刃を通さない。
それは雄大な身でもって、海に通じる湖の頂点に立つ。

畏怖され崇敬されてきた守神にして、
古代の断片と大いなる水の権能を受け継ぐ魔物。

怪魚は、ただ生きていて、身じろぎをしたか、息継ぎをしたか。
たったそれだけのことで、俺の故郷は脆くも崩れ去った。

「…………」



……強く。
強くあらねばならない。
俺が強ければ、戦って、あの怪物の息の根を止めて。
みんなを助けられたはずだ。

その日、俺は槍を手にした。
少し重いが、よく手に馴染んだ。
きっと、俺にとってはこれが一番、天に届く。