Eno.15 トト・アズハル・イルファンの日記

トトの手記18

 遠くに何度目かの黒雲が見えたため、進水式を少し前倒しして行うこととなった。
 祝砲として、以前は見ることが叶わなかった花火を打ち上げると聞き楽しみにしていたのだが……造船に関わった者として、どういうわけか船を海へ押し出す役目を与えられてしまった。 

 貴様らはこの島での僕の暮らしぶりを見ていなかったのか?

 僕の白魚のような、今にも簡単に折れそうな細腕で船を海まで押す?

 とんでもない提案に一つ文句を言ってやろう、そう思い周囲に目を向けると、その場にいた住民たちは今か今かと待ちながら囃し立てているではないか。船を作ることは出来ても、皆を乗せることのできる木造船を僕に押させるなど……覚えておきたまえよ。そう胸の内で恨み言をぼやきながら覚悟を決めて押し出してみる。こんなに重いものを僕に押させてはいけないだろう。それくらい動かず、全身の体重をかけた一歩でようやく動き出すといった具合だ。あんまりにも動かないものだからセトが助け舟を出し、少し押してくれたのだが、それならお前でよかっただろう。皆一様に騒ぎおって。貴様ら、手伝いたまえ。

 そうしてへとへとになりながらなんとか海の方までやっとの思いでたどりついた頃、背後でとてつもない大きな爆発音がした。 
 僕の小さな体の小さな心臓が止まってしまうかと思うほど大きい音だった。あんなものただの爆撃でしかない。とにかく僕はその音に大変驚いてしまい、最後のよろけた一歩が船を海上へと押し進めたのである。一つ文句でも言ってやりたいくらいだったが、振り返った先の大空でキラキラと光り輝く大輪を前には、なんの言葉も出てこないものである。他の住民も空を見上げ楽しげに笑い合っている。まあ、僕は船を押させられたことは忘れていないが。花火など富を見せつけるためだけの面白みのないものだと思っていたが、あれは非常に良いものであった。
 ちなみに僕は、普段は一切使われない筋肉をここで行使してしまったため、現在体を痛めながらこれを執筆している。老体は労わりたまえ。


 さて、話は変わるが、僕は現在子供らのためにくじ引きを計画しているのだが、これがなんとも大変である。景品を己が手で用意したりルールを設定したりと考えることが多すぎて、嵐に対して何の感情も抱かなくなってきた程だ。むしろ飽きてきたくらいである。初めのうちはたまらなく不安で心細いものであったのが嘘のようだ。
 話が逸れてしまったが、この島で過ごしている子供らにとって、この漂流生活が苦しく寂しいものではなく、賑やかで楽しい思い出として遺って欲しいのだ。いつか忘れてしまう日が来るかもしれないが、それまではこの記憶が幸せなものであって欲しいのだ。だからこそ、我々大人は子供らのために何としてでもしっかり楽しい花火大会を開催してやらねばなるまい。そう思うのだ。

 もちろん、僕は大きな子供のことも忘れていないぞ。ふん、せいぜい楽しみに待っていろ。




ーー追記ーー


 オルテンシアから笑顔が増えた、そう言われた。今まで意識などしたことはなかったが、いつも笑顔である彼女が言うのならばそうなのだろう。
 実際、ここでの生活は過剰に縛られることはないし、宮殿内で起きる醜い争い事だってない。変に気を張る必要もないと言うのはとても楽なことだ。僕はセトやその周りの子供ら、召使い、それからオーラン以外の他人と一緒にいて、そんなことを思うだなんて。全く人生というものは何が起こるかわからないものである。