Eno.810 力の四天王の日記

鬼  - 参




……なんと………
…………呆気無い……──……幕切れか………─────





嵐の日だった。








戦を駆け回る傍ら、実は鬼はあの日敗北を喫した人間と二度目の対面を果たしていた。


奴は、名乗る名の無いしがない浮浪人であると自身の身の上を明かした。
本当にあけすけに明かしたと言えるかどうか、鬼には確認しようもないが──
ともかくその浮浪人は、初めて己を打ち負かした時と同じように、笑っていたのだ。



季節は春。
その日の空模様はすこぶる荒れており、木々は枝葉をけたたましくぶつけ合い、山は剣呑とした雰囲気だった。


そんな中、唐突に病に冒されていると告げられて、呆気にとられたのは仕様がない。


何故今その話をしたのかと、当惑しながら刀を抜くと、
鏡合わせのように、奴もまた、笑みを深めて構えを取った。


──激痛を抱えておいて、こうもしぶといのか。

以前よりも更に磨きがかかった、気迫のある剣筋をしている。
けれどその頃には、鬼にもその趣が感じ取れるほどになっていた。

動きが読める。体が付いていく。……いや、追い越している。


壮烈な剣戟は、それほど長くは続かなかった。

浮浪人の斬撃を躱して、鬼が一歩踏み込み、その拳で得物を弾く。



──取った。

鬼の切先は浮浪人の胸の中心をとらえ、確かに届いた。





……──    ───




最期にそう言い残し、事切れた奴に、思わずため息が漏れた。


──なんと、呆気ない幕切れか──。

人の身で真正面から鬼を押し切る力を持っていながら、病魔にその未来を閉ざされた、憐れな男。

たかだか人間の短い命で至れる境地など知れている。
だが、己のすべての切っ掛けとなった男がこの程度だったと知って、拍子抜けしたような、ガッカリしたような、虚脱感に襲われた。


「………この程度か。」



ここに、これ以上用はない。
刀を抜こうと、意識を切り替え──













気を抜いた、瞬き一瞬、

寒気が過った。




「────────ッッッ!!!!!」





すんでの所で身を引いたが、反応が僅かに遅れる。

痛みより先に、熱さが首に伝う。触れれば、指先は、雨ではない、ぬるいものを掬う。
この豪雨の中、早く止血しなければ命に関わるほどの傷。


見れば、奴の手には懐剣が握られ、その腕は鬼を切り裂くかたちを取りながら、冷たく硬直していた。




今になれば分かる。
奴は、戦の中で散ることを本望としていた。

しかし、いざその時が来て、意識を手放す瞬間──
最期の最後で、染み付いた執念が奴を無意識下で動かしたのだ。


こいつは己と同じだった。


一度目は鼻頭に傷を付けられ、
二度目は喉笛を切られた。




人の身でここまで至った豪傑よ。
貴様の生き様、天晴であった。