Eno.64 エフィラの日記

手記

この島、あるいはその周辺には滅んでしまったけれど文明があった。
避けられない災害ではなく、そこにいた人間の振る舞いによって回避することのできた事象によって滅んだ文明が存在した。

人と世界への絶望が崩壊を招く。
幾度となくその残滓を拾い上げ、痕跡を集め、しかしいつまでも潰えたものへ哀しみを思わずにはいられないものだ。

その海にはある日、隕石が降り注ぐようになった。
自らの住む海と、己の内に隠された世界を探究する我々は、その理解度に対してあまりに星の外、空の世界に対しては無知であり、天から降り注ぐ厄災を避ける術を持たなかった。

幸か不幸か、この隕石の雨は我々を滅ぼすには至らなかった。
けれども星は巡ることを止め、永劫に近い灼熱の昼と、極寒の夜に分かたれた。
もはや安住の地はなく、僅かに残る昼夜の狭間を追いかける人々と、取り残されては焼かれ、凍える人々。
急激な環境の変化に対して、肉体はもはや枷でしかなく、その牢獄の中で命のほとんどは潰えた。

あと30年、いや、10年でも良かった。
僅かばかりの猶予があれば、より多くの人々を肉体から解き放ち、異なる文明の形を模索出来たことだろう。
しかしその猶予もなく、自転の停止から3年ほどで再興が不可能な状態へ陥った。
もはや避けようのなかった滅亡を想い、そして避けようのあっただろう滅亡に哀しみを抱かずにはいられないのである。

今私の行っていることも、過去の惨劇に思うことがあったからだろう。
研究者としての好奇心が大きな割合を占めつつも、出来たことがあったのではないか、今からでも出来ることがあるのではないかと、少なからず期待を持っていることを否定はしない。

「ある文明に属していたものが知的生命を創出した場合、彼らが新たに作り上げる文明はどれほど創造者の影響を受けるのだろうか?」

この点において、私は私自身を女王とする政治形態に君臨している一方で、ほとんどの局面において自ら判断を行わずにいる。
ある種の知的生命と、共生し外敵の排除を担う生命を創出する。
同じ台地に存在する生物種を参照し、それらと生存圏を共存し、あるいは不要な生存圏の奪い合いを起こさないような遺伝子の調整を、自然淘汰によって発生しうるであろう範疇で加える。
彼らが統治という概念を得た際に、その象徴として統治者に君臨することを許容し、彼らの統治に正当性を与える。
ほとんどの政治的判断を彼ら自身に委ね、ごく僅かに発生する解決困難な事象に対してのみ、解決のために必要な論理を提示する。

女王という立場に祀り上げられた時点で、実験としてはノイズの多いものとなっただろうことは言うまでもない。
けれど研究者であるという以上に私は彼らの創造者、母であり、その命と文明に対して責任を負うべきであった。
仮に論文を書くとなれば、このような私情・・は唾棄すべきであっただろうが、それでも面白い事象も確認できた。
技術に関して一切を教えていないにもかかわらず、彼らは私たちが作り上げた想念工学の、その派生か、あるいは前身とも言うべき技術を作り上げた。
形態こそ異なるが、根底に存在する論理は想念工学者の基礎理論に近しいものだ。

そうして形作られた今のカルヴァニアという国について、今のところ彼ら自身の諍いによって滅ぶような兆候はない。
けれどもしそのような兆候が見られた時、私はどこまで介入すべきなのだろう。
そのような哀しい事態は見たくもないものだが、同時に創造者が必要以上の介入をすべきではないことも事実である。
今はただ、彼ら自身がこうした滅亡の痕跡から学んでいることを踏まえ、これから先もそう在り続けることを願うばかりだ。

文明の存続、それこそが我ら記憶者Memoirsの命題である。