Eno.937 吟遊詩人の日記

『望まない形』

 
住処を出てからというもの、私は無我夢中で彼を探し続けた。

人里に立ち寄っては彼の事を聞いて、答えがあってもなくても そこにいる人々に少しだけ手を貸してはすぐに去る…ということを繰り返していた。

彼が確かめると言っていた世界の様子なんて、欠片もこの目には写らない。
ただただ、彼の足跡だけを辿り続けた。




それからどのくらい経ったのだろう。
長かったかもしれないし、短かったかもしれない。
定かではないが、ようやく彼の居場所を突き止めることが出来た。

急いで彼の元へと向かう。
胸が高鳴る。
それは、ようやく会えるという期待と、ほんの少しの不安によるもの。


でも、きっと大丈夫だと思った。
もし忘れられていても、会えば…
あの日に託された楽器ライアーを見せれば、すぐに思い出してくれると。
そう信じていた。














けれど……
現実は、厳しかった。
どうしようもないほどに。



「…兄さん!やっと会えた…!私だよ、×××××
 …えっと、その…ごめんなさい…
 待ってるって言ったのに、会いに来ちゃったんだけど……」

「あ、あのね。
 ここに来るまで、いろんなヒトに兄さんの事を聞いたんだよ。
 それでようやく、兄さんのところに来れたんだ」


「…本当に、会えて嬉しい。元気そうでよかった……」




嬉しくて、矢継ぎ早に言葉を紡ぐ。
けれど彼は少しもこちらを見ない。
今も目を閉じたままだ。

…いや、きっと見えてはいるのだろう。
彼も私も、視覚以外の方法を知っているから。



「兄さん…?あの───」


…帰りなさい


「……へ?」



『僕は君の事など知らない。きっと人違いだろう……』



「…な……なんで………?忘れないって…

 ……っ、…そうだ、これ…。
 これっ、あの日兄さんから預かった───」



『……いいから。
 君は君のいるべき場所へと、帰るんだ』




「…………、……そん、な…………




全身から力が抜ける。
膝から崩れ落ちそうになるのは、すんでのところで耐えた。
けれど、手に持っていた物を支えることは…できなかった。

一番大切な、彼から託されたモノライアーが、音を立てて地に落ちる。

…拾うことはしなかった。
だって、落としたことにも気付けていないから。
その時の私にあったのは、抱えきれない絶望感だけ。


「………………」




ふらふらと、すぐにでも倒れてしまいそうな足取りで踵を返す。

彼は最後まで、思い出してはくれなかった。
それどころか、追い返されてしまった。
冷たい表情、冷たい言葉で。








































「……ごめん、─────」





ゆっくりと立ち去る私の背に、彼が最後にかけた言葉。

その言葉は、終ぞ私の耳に届くことはなかった。

聞こえていれば、あるいは。

私の未来は、もう少し違うモノになっていたのかもしれない。