Eno.518 リリルカ・カラコルカの日記

栄光のスペア

初めての嵐の日。
外に出たいと駄々をこねるあまり、シャムロックを怒らせてしまった日。
彼の口から、すべての真実を告げられた。


私は王妃様おかあさまの娘ではないということ。
私は、市井の冒険者とお父様の間に生まれた子だということ。


そして、……私の役割は、
病に伏せるお姉様に万が一があったときのための、影武者──
──予備スペアであるということ。


だから私には自由が与えられなかった。
だから私にはシャムロックという大人の男性が従者として付いていた。
私が万が一にも逃げ出したりしないよう、監視するために。



……あのお城には。
大きなお風呂があった。
豪華な料理があった。
献身的な従者がいた。
何もかもがあった。


けれど、なかった。
たったひとつ。



"リリルカ・ラルカ・カラコルカの人生"だけが、無かった。



……私はお母様に会ったことがない。
生きているのか、死んでいるのかも教えられていない。
国王の娘を生んでしまったのだ、……表向きには生きられないのかもしれない。

だから私の知るお母様の姿は、一般的な冒険者の伝記を読み漁っての想像だけ。
きっと勇敢で、きっと果敢にどこか見知らぬ地を踏みしめているのだろうという、理想と憧憬の投影。


……サクヤがくれた、
この、不思議なお花の薬があれば。
お姉様の病気は、きっと治る。
そうすれば、王位は正当なる嫡子であるお姉様が継承して、


……私は、どうなる?


影武者としての役割を失ったスペアは、
一体、何者になれるのだろう?



──声が聞こえる。
この一週間、たくさん聞いた声。
皆の声。
誰もが、言ってくれた。
言ってくれてたんだ。
何度も何度も。



私は何者なのか。
その、答えを。



──夜が訪れる。
最後の夜。
まもなくこのシマは沈むのだろう。


「……──!」



は。
倉庫にあったお手製の弓を、掴み取った。