鬼 - 肆
鬼の一族の存続のためであると理由を付ければ、野蛮の民である鬼を、魔王は噂通りの懐の広さで受け入れた。
この世界の頂点である魔王の元に下り、魔王を討ち滅ぼさんとする強者と戦うという、予てからの悲願を達成したのである。
──そのはずだった。
しかし、もうその頃には一族を守るためというでっちあげも嘘ではなくなっていたのだから、鬼生は分からない。
種族の閾値を超えて強くなる事で、鬼は軛から解き放たれた。
戦そのものを楽しむ気概が生まれ、鬼気迫っていた時代とは別人のようになった。
趣味も出来た。余暇を楽しむ余裕がある。
奇しくも、力を手に入れた事で、戦い以外のものに目が向くようになったのだ。
今の鬼にとって、強者は焦りを掻き立てるものではなく、心臓を囃させる心地良い刺激である。
里の同族たちの成長は目覚ましく、
勇者一行などというはぐれ者の集まりにも期待が募る。
気骨のある野心家を愛し、それが実るのを待ち、打ち果たすために魔王軍に与する生き様こそは
結局はどこまでいっても自分本意な生き物である"鬼”に違いなかったのだが──
あの日、囲炉裏を共に囲んだ鬼は、もうここにいない。
鬼の一族が続々と利口に、凶悪になる中で、あの男だけが馬鹿のままだった。

「おっ、ここ、ここ……よいしょっと。」

「……ん?なんじゃあんちゃん。随分物々しいカッコしとるのう。
喧嘩の観戦は初めてかね?
今場所は粒揃いじゃからのゥ。きっといい試合が見れるぞ。
……おっ、来た来た!」

「………………ッほっスゥゥゥ〜〜〜…………」

「はっけよー〜〜ーいッッ!!!
ン゙のォこったッ!??のこったッ!!!のこったのこったッ!!!
右やッ!刺せっ刺せっ刺せっ刺せっカウンターいけッ!!!
刺せ刺せ刺せっ前出ろっ足使えぇッ来たッッ!!
張れっ張れっ張れっ張ったッ!張ったァあーーーッ!!!?!?」

「………えっ!!?……はっ?はっ?はっ?
……なッ!?誤審だろ誤審ッッッ!!
物言いせぇよッ!!!喧嘩の威信に関わる問題じゃろがッッ!!!!???
泣くなッッ!!泣いて白星が掴めるか阿呆ッッ!!!よかたに舐められっぺやッッ!!!!!」

「はっ……!
フゥ……失敬。やはりどうしても、行司をしていた時の血が騒いでしまうな。
……え?いやね、昔鬼の里に拉致されて……あ、知っとるかい?そうなんじゃよ。その時の捕虜がワシってわけ。」

「それよりどうだったね?喧嘩は。
少々野蛮な所もあるが……ワシはこの剥き出しのぶつかり合いが嫌いではないのだ。
発祥こそ、鬼の文化ではあるがね……もう鬼はやくざ者ばかりになっちまって、こんなとこには出張らんのう。」

「…あ、でもさっきの!ウン、ま、ワシは差し違いだと思うけどね、負けたほうさ。
あいつは鬼ん中でたった一人の現役の喧嘩屋よ。
戦績はまちまちだけどもよ。
あの乱打のキレは悪くないと思わんか?」

「……ああ。
悪くない」



「ところで」

「ワシは鬼の頭領だ」

「………ぞっとしない」

「覚えているぞ。行司奴隷の舎宅に輸送される最中、東と呼び上げるところを間違えて西と呼び上げ、
気を動転させてグルグル回っていたガキだ。
行司番の日はよく腹を下し、厠でどこぞの神に祈っておった。」

「………!!!」

「……っ………」

「貴様貴様貴様〜〜ッ!!!!!!!
角が黒いッッ……長く生きた鬼だなッッ!!!」

「ハッ。だがよォ老いぼれ。喧嘩は好きなんじゃろォ?」

「それとこれとは別ッッ!!!!!!!
あの屈辱を忘れた日などないわッ!!!!!
人間部屋の面子はボケてシャクトリムシのように地を這いずりながらもなお審判をしておるッ!!!
施設の人に『おじいちゃん呼び上げ上手ね〜』と紙喧嘩であやされる日々ッ…!!
更には施設内で秘密裏に喧嘩賭博を催し年金を費やしておるッッ!!!
同胞の尊厳は貴様の命でもって償って貰うぞッッッ!!!!!!」

「カッハッハッハ!!
やってみせろ!!
貴様の寿命尽きるその日まで、ワシが伏す事などありえん!!」

「精々憎しみを絶やさず生きるがいい。
さすれば、人の身に余る奇跡も起きるやもしれんぞォ?」