『“ボク”が目覚めた日』
目覚めた自分に残っていたのは、中途半端な記憶だった。
生きるために必要な言葉や習慣、身体に染み付いた技術の記憶は残っていたが、
どれだけ思い出そうとしても、自分の名前や直前までの記憶は何一つとして出てこなかった。
…そんな中、やけにはっきりとした記憶が、一つ。
“吟遊詩人”だ。
どうだろう、これまでの自分はそうだったんだろうか。
楽器の一つも持っていないのに?
それに今、この場に残っているのは、
使い古された杖と、雨で滲んでいる魔方陣。
どうしても、どう考えても、何かが違う気がしてならなかった。
──それでも。
そんな矛盾したモノでも、信じずには、縋らずにはいられない。
それ以外が無いのだから。
だから、自分はその記憶を なぞることにした。
なぞっていれば、いつか自分のモノになるだろうか。
なぞっていれば、この不安と焦燥は消えるだろうか。
そう思いながら 誰かのフリをし続けた。
そうして、足りないモノを想像で補って。
少しずつズレて、捻れて、全てのきっかけも朧気になるくらいの長い時が経った頃。
自分はようやく、“ボク”になった。
よくわからない故に、己のことは頑なに話さない。誤魔化し続ける。
そんな己のことを聞かれてしまうから、同じヒトと長く時を過ごすのも、群れに紛れるのも苦手。
それなのに何かが足りなくて、苦しくて、
少しの楽しみを見出だすために ヒトと共にあろうとしてしまう。
そんな矛盾した思いを抱えた、一人の“吟遊詩人”に……。