回帰
身支度を整えて、ブランクスはヤヤウィクと共に砂浜へ向かった。
停泊していた船に乗せてもらうのは、拍子抜けするほどに簡単だった。
素性を確認されることもなく、大きな獣を連れていることにも何も言われず。
この世界では、きっとよくあることなのだろう。
何しろ不思議な海だ。その海に暮らす人間たちなのだから、不思議なことにも慣れているのだろう。
出航まではもう少し時間があるらしい。
とはいえもはやするべきこともやりたいこともなく、ブランクスはヤヤウィクと共に船が動くのを待つことにした。
アリアドネは未だにうんともすんとも言わないが、島を離れればそのうち状況も回復するだろう。
『……って言うけど、ほんとに大丈夫なのか?』
「おそらくな」
案じる様子で言うヤヤウィクに、ブランクスは軽く首を捻りつつ答える。
「あの離島に渡った時に、ほんの少しだが、今まではなかった反応を感じられる時があった。
島の近くよりも、離れた方が繋がりやすくなるのなら、このまま海上を行けばどこかで捕まえられるだろう。
繋がりさえすれば、最悪でも強制回帰することが出来る」
『繋がらなかったら?』
心配、というよりは、確認の為の言葉だろう。
こちらを見上げるヤヤウィクを見下ろして、ブランクスはふ、と目を細めて笑った。
「繋がるさ。僕を信じていないのか?」
『お前のことは信じてるさ。でも、おれは装置のことも魔術のこともよくわからん』
「それなら大丈夫だ。僕は装置のことも、魔術のことも問題ないと信じている」
『暴論だなあ』
「真理だよ。それに神だって言っている、信じろとね」
なんだかなあ、と溜息をつくヤヤウィクの頭を、ブランクスはぐしゃぐしゃと撫でた。
そう、信じているから大丈夫だ。
ブランクスが唯一信じられないものがあるとしたら、それは自分自身のことだろう。
彼は自分の知識も、能力も、作った装置や術のことも、全てを信じることが出来る。
けれどもただ一つ、自分自身のことだけは、やはりどうしても心から信じるとは言い切れなかった。
ヤヤウィクはブランクスを信じると言う。
彼にとってはなんてことのない言葉なのだろうが、ブランクスにとってはこれ以上ない言質だった。
お前がそう言うなら大丈夫だ。
そう思いを込めて、もう一度、毛並みを整えるように黒い獣の頭を撫でた。
「それはともかく、帰ったら忙しくなるな。面倒事は御免だから、なるべく外には出ないようにするか」
『あのアニキには挨拶に行かなくていいのか? 帰ったら行かないといけないんだろ』
「ああ……そうだな」
師匠でもある異母兄は礼儀にもうるさい男だ。
【迷宮】に篭っている間はいいが、帰るのであれば顔を見せないと後で面倒なことになるだろう。
「まあ、少しくらいなら構わないか。この島で見つけたものも、あいつに見せてやりたいし」
『ついでにメシ食いに行こうぜー。菓子が食いたい』
「菓子ね。わかったわかった」
取り留めのない会話を続けながら、島で過ごす最後の時が過ぎていく。
.