Eno.15 トト・アズハル・イルファンの日記

トトの手記24

 沈みゆく島の頭上には、美しい花々が艶やかに賑やかに、そして静かに咲き誇っていた。

 僕はそれをゆらゆらと揺れる船内で静かに見つめる。あの花は、あの手紙は、彼らへと届いたであろうか。時間も迫る中、僕たちが暮らしたあの場所で、最後に打ち上げた花火は、シシほどではないが、素人にしては上出来であっただろう。花火が"いいもの"であるということは、彼らが教えてくれた、だから、少し無理をしても、絶対に打ち上げたかったのだ。これが、僕と君たちが共有する最後の記憶なのである。二隻の船を煌々と照らす炎の花は、この暗闇における道標のようであった。


 朝日が昇るにつれ、少しずつ見えなくなっていく。
 僕たちが暮らした痕跡も、思い出も、全てが波に飲み込まれていく。
 航路を違う救難船も、あの花も、気がつけばその姿を消していた。


 これで全て終わりなのだ。お別れなのだ
 


 そんな風景を眺めながら僕は、とても長く、そして短い、七日間に思いを馳せていた。



 初めは強い絶望と不安で迎えた漂流生活であったが、今では別れた彼らの無事を祈ってしまうほど僕はすっかり絆されてしまった。
 健気で、謙虚で、献身的な彼らとの日々はとても充実していて、船が完成したあの日、喜びと共に切なさが襲ってきたのが忘れられない。共に働き、共に食事をとり、時には酒を飲み交わし宴まで行った。あまりにも思い出が大きくなりすぎてこの日々が終わってしまうのがたまらなく寂しかったのだ。それほどに、この島の人間たちは優しい。たとえそれが演技であったのだとしても、僕にも手を差し伸べて、話を聞いて、否定しないでいてくれる彼らのことを、あの状況とはいえ疑ってしまったことは、本当に恥ずかしく、申し訳ない気持ちが湧き上がってくる。

 花火大会の日に、互いに笑顔を浮かべ、同じ食卓につけたことは本当に嬉しかった。何よりも恐ろしいことであったのに、彼らの優しさに触れたことで、少しその気持ちが和らいだのである。

 かつて僕が暮らしていたあの宮殿にも、彼らのような人間がいてくれたら、きっと、ずっと、生きやすかったのであろう。他者に手を差し伸べ、心に寄り添う、そんな優しい人間がいたら。もう遠い過去となった出来事にさえ、もしも話を考えてしまうくらい、僕にはそれがとても嬉しかったのだ。その優しさに、僕は時折、愛しの王の面影を感じることもあった。彼らの優しさは、僕の暮らしの支えてくれたのだ。ここで、君たちには感謝を述べたい。本当にありがとう。

 姿を隠し、ひっそりと別れを告げ、船へ乗り込んだ者は何を思ったのだろう。最後の瞬間まで、美しい思い出を僕たちの心に刻み込んだ者は何を考えていたのであろう。
 僕たちは、互いのことを尊重し交流を深めあっても、必要以上に踏み込むことはなく、今思えば彼らの暮らしていた世界のこと、彼ら自身のこと、その全てはわからないままなのである。なんだか、寂しいような気もするが、きっとこれでよかったのだ。皆、お互いが違う場所からやってきたであろうことは何となく察していたのであろうし、いずれ帰っていく場所もそれぞれなのだから、深く踏み入る必要はなかったのだ。何もわからなければ、もしも話も始まらないし、ただ、静かに、彼らの行く末を案じることに専念できるのだ。

 

 僕は今、島の人間が造り上げた船ネオ・蟹工船に揺られている。
 こちらには二匹のカニと一匹のうさぎ、それから僕を含めて六人の人間(といってもまあ、良いであろう)が乗り込んで別れの時を、少しだけ先延ばしにしているのである。すぐにでも、国へと帰り僕は王に、セトは子供らに会いたい気持ちもあるのだが、この島できた、愛おしい小さな友人を本来帰る場所へ送り届けてから戻るのも良いであろう。

 船旅は、再び始まったばかりなのである。
 僕は二隻の航海が無事に遂げられることを祈っているよ。