『概念者の宴:CASE0001 証明と棄却』
□□海、某所 13:06 天気、薄曇り。
最寄りの□□県□□漁港から船で□□㎞、風は比較的穏やか。日本の南方に位置する、その海のど真ん中。一隻の船が走っている。船長は地元で漁師をしているお爺さん。今日海に出るのは二回目で、ひとりの若い研究者を連れていた。
「確かに、その□□ってぇ人は最近船を借りててなあ」
……と、言っているのだが。実際はかなり強い鈍り言葉。聞き取れはしたがイマイチ理解できなかった研究者は目を白黒。手元のスマホと睨めっこしながら会話を続ける。
「ええと、その、□□さんがよくいた場所とか……って分かりますか?」
「毎日あちこちうろついてたからなあ。漁の邪魔はしない、って都度俺達漁師に挨拶はしてくれてたんだが」
「ま、毎日……ですか」
船長は特に迷惑がっている様子はなく、寧ろ好印象を持っているらしい表情で話している。強いて言うなら、きちんとその目的は聞いていなかったためか、何をあんなに熱心に?と言いたげではあった。
「□□さん、その、クラゲが大好きなのでその調査だと思います。訳あって僕はその研究から半年くらい離れていますが、嘗てその方は……私の上司。世で言うところだと学者……ですかね」
とは言っても、博士号は取っていても今は仕事としてきちんと研究費は取れていない。どこか大学や研究室に所属できているわけでもない。教授だとかではなく『博士』と敢えて呼んだりしているのもそのためだ。結局、最も力を注いでいたミトリムシの調査は、公式には打ち切りになったのだから仕方がない。
「ははあん。学者さんたあ偉い人だったんだなあ」
「……。ははは、偉いと言えるかは……」
定義上、少々語弊のある表現ではあるため、研究者はもにょもにょと口を尖らせた。
「そういやあ、今朝は見てないな」
「えっ?」
――静かな海は、本当に何もない。船が進めど、どこを見ても同じ景色ばかりだ。
そんな中、唐突にぽつりと視界に入る、白い影。
「おや、珍しいなクラゲが浮き上がってらぁ……お? ゴミか何かに引っかかってんなあ、なんだありゃあ?」
船長は怪訝な顔をして、クラゲにしてはヘンテコなシルエットを覗き込む。
――どんな可能性も愛することだ。どんな時もな。
研究者は、そんな博士の言葉を思い出しながら目を丸くして。
「あっ、あのっ! ちょっとあのクラゲ引き上げてみても!?」
研究者が急にバシィ!と右手を挙げた上に興奮してそう話すので、漁師は予想外の反応に逡巡した。
「ええ? か、構わないが……ありゃきっと猛毒クラゲだぞ、気をつけろよ」
「はいっ! 心得ておりますから!」
そう言うが早いか、研究者は何処に詰め込んでいたんだ?と言いたくなるほどの重装備と捕獲器具を鞄から取り出して。早速の様にざぶんと海の中へ。
「よいっしょ……お、重い」
「手伝うぞ~坊ちゃん」
「ありがとうございます!」
船上から大きな網も投げ込まれ、それを使って引き上げる。
そして改めて船の上、不法投棄のごった煮のようになってしまっている何かを、二人で見下ろし。
「思ったよりデカかったですけど……いや、デカいというか……」
「40年漁師してるが、初めて見たなあこんなのは」
がさごそ。きちんと姿を見るためにクラゲのような影に絡まっているあれそれを退けてみる。
船長はあくまでも対毒クラゲ装備をしていないため、一歩後ろで見学だ。

「??」
それは様々――何故かそりのようなものと、金貨の入った変なぬいぐるみ、クラゲにそっくりなゼリー、他にも様々な食べ物――を抱えたクラゲだった。確かにパッと見はハブクラゲそっくりで。漁師も研究者も、暫くは困惑した様子で首を傾げていたけれど。

「は、」
混沌とした道具の中。何故か一番大事そうに抱える、瓶詰にされた書類達。
「あ、ぁ なん、で」
そこに僅かに残った研究者自身の筆跡と博士の名前を見つけて。後ろで見つつも何かを察した船長は、青ざめた顔で手持ちの無線に何かを言っている。一方、目を潤ませる研究者といえば、震える唇から喜びなのか、悲しみなのか分からない叫び声を放ってその場で崩れ落ちる。
「ここに……っ、いらっしゃいましたか、博士ぇ……っ!」
曇天の、何でもない空の下、何でもない海の上。
かくしてそのミトリムシ――レイワウンバチクラゲは。……とあるもの好きの命と引き換えに、確かにそこにいたことになったのである。
-fin-
最寄りの□□県□□漁港から船で□□㎞、風は比較的穏やか。日本の南方に位置する、その海のど真ん中。一隻の船が走っている。船長は地元で漁師をしているお爺さん。今日海に出るのは二回目で、ひとりの若い研究者を連れていた。
「確かに、その□□ってぇ人は最近船を借りててなあ」
……と、言っているのだが。実際はかなり強い鈍り言葉。聞き取れはしたがイマイチ理解できなかった研究者は目を白黒。手元のスマホと睨めっこしながら会話を続ける。
「ええと、その、□□さんがよくいた場所とか……って分かりますか?」
「毎日あちこちうろついてたからなあ。漁の邪魔はしない、って都度俺達漁師に挨拶はしてくれてたんだが」
「ま、毎日……ですか」
船長は特に迷惑がっている様子はなく、寧ろ好印象を持っているらしい表情で話している。強いて言うなら、きちんとその目的は聞いていなかったためか、何をあんなに熱心に?と言いたげではあった。
「□□さん、その、クラゲが大好きなのでその調査だと思います。訳あって僕はその研究から半年くらい離れていますが、嘗てその方は……私の上司。世で言うところだと学者……ですかね」
とは言っても、博士号は取っていても今は仕事としてきちんと研究費は取れていない。どこか大学や研究室に所属できているわけでもない。教授だとかではなく『博士』と敢えて呼んだりしているのもそのためだ。結局、最も力を注いでいたミトリムシの調査は、公式には打ち切りになったのだから仕方がない。
「ははあん。学者さんたあ偉い人だったんだなあ」
「……。ははは、偉いと言えるかは……」
定義上、少々語弊のある表現ではあるため、研究者はもにょもにょと口を尖らせた。
「そういやあ、今朝は見てないな」
「えっ?」
――静かな海は、本当に何もない。船が進めど、どこを見ても同じ景色ばかりだ。
そんな中、唐突にぽつりと視界に入る、白い影。
「おや、珍しいなクラゲが浮き上がってらぁ……お? ゴミか何かに引っかかってんなあ、なんだありゃあ?」
船長は怪訝な顔をして、クラゲにしてはヘンテコなシルエットを覗き込む。
――どんな可能性も愛することだ。どんな時もな。
研究者は、そんな博士の言葉を思い出しながら目を丸くして。
「あっ、あのっ! ちょっとあのクラゲ引き上げてみても!?」
研究者が急にバシィ!と右手を挙げた上に興奮してそう話すので、漁師は予想外の反応に逡巡した。
「ええ? か、構わないが……ありゃきっと猛毒クラゲだぞ、気をつけろよ」
「はいっ! 心得ておりますから!」
そう言うが早いか、研究者は何処に詰め込んでいたんだ?と言いたくなるほどの重装備と捕獲器具を鞄から取り出して。早速の様にざぶんと海の中へ。
「よいっしょ……お、重い」
「手伝うぞ~坊ちゃん」
「ありがとうございます!」
船上から大きな網も投げ込まれ、それを使って引き上げる。
そして改めて船の上、不法投棄のごった煮のようになってしまっている何かを、二人で見下ろし。
「思ったよりデカかったですけど……いや、デカいというか……」
「40年漁師してるが、初めて見たなあこんなのは」
がさごそ。きちんと姿を見るためにクラゲのような影に絡まっているあれそれを退けてみる。
船長はあくまでも対毒クラゲ装備をしていないため、一歩後ろで見学だ。

ぷかっ……
「??」
それは様々――何故かそりのようなものと、金貨の入った変なぬいぐるみ、クラゲにそっくりなゼリー、他にも様々な食べ物――を抱えたクラゲだった。確かにパッと見はハブクラゲそっくりで。漁師も研究者も、暫くは困惑した様子で首を傾げていたけれど。

……。…………。
「は、」
混沌とした道具の中。何故か一番大事そうに抱える、瓶詰にされた書類達。
「あ、ぁ なん、で」
そこに僅かに残った研究者自身の筆跡と博士の名前を見つけて。後ろで見つつも何かを察した船長は、青ざめた顔で手持ちの無線に何かを言っている。一方、目を潤ませる研究者といえば、震える唇から喜びなのか、悲しみなのか分からない叫び声を放ってその場で崩れ落ちる。
「ここに……っ、いらっしゃいましたか、博士ぇ……っ!」
曇天の、何でもない空の下、何でもない海の上。
かくしてそのミトリムシ――レイワウンバチクラゲは。……とあるもの好きの命と引き換えに、確かにそこにいたことになったのである。
-fin-