Eno.710 ねりねの日記

【陸にあがった人魚姫】

――さて結びの記憶を綴りましょう。

津波の日に囚われていた子どもの末路のお話を。

ねりねはずっと自らが死んだ震災の日から動けず止まっていました。
本人が望まぬ形で理不尽に再び短い生を与えられ、捨てられて。
島流しにあった小島で彼らと出会いました。

アモリさま。記憶が戻った優しい神さま。ねりねの安息を祈ってくれてありがとう。水に沈んだ人達と貴方の穏やかな安息を少女は祈っています。

小さな神さま。最期まで寄り添ってくれた優しいエジプト神。少女はその1柱が『死』と縁のある方だと知りません。
ありがとう、おかげで安心しておわれましたと少女は感謝を忘れていません。

メイドのお姉さん。いつも楽しげに色んな美味しいお料理を用意してくれて、幸せでした。パパがお酒で飲んでいた時の真似をして作ったお礼の1杯。美味しく出来ていたらいいのだけれどと少女は気にしているようです。

ツツユビお姉さん。ほっとするような雰囲気の鳥のお姉さん。たくさん何かの記録をしていたけれどたくさんの宝物を持ち帰れたでしょうか?
魔法のお手紙とポプリありがとうございましたと少女は笑っています。

キロお姉さん。ずっと何かに苦しんでいたけれど、優しいあなたが穏やかに笑える日が訪れることを少女は祈っています。
嵐で怯えていた時や、その後もそれとなく気にしてくれていた事はちゃんと知っているので。

ユカリお姉さん。明るく元気でお姉さんがたくさん作ってくれたキラキラの道具はとても眩しく楽しいものでした。どうかこれからも明日を楽しく過ごして人生を謳歌してくださいと少女は祈っています。

小さな人魚姫はメジェ島で過ごした7日間の楽しい記憶を抱いて眠りました。
それはねりねにとって得がたい救済でした。

少女の魂はもう迷うことなく『楽園』へ辿り着きました。もう苦しむことも無く、穏やかに見守っているでしょう。


―――残された器の末路を語りましょう。

海に愛する娘を連れ去られた夫婦がいました。
自然はとても気まぐれなものでして。
彼らの住む街と7歳になったばかりの幼い娘と彼女の祖父母を根こそぎ飲み込んで。

多くの命を、たくさんの思い出を奪ってゆきました。
夫婦は幸い無事。
祖父母達は運良くその亡骸は見つかり夫婦によって弔われました。

けれど娘だけが帰ってきませんでした。

あの悪夢の日から数年の月日が流れ、死の街だった廃墟が元の活気ある場所に戻りつつあっても。

娘は見つかりませんでした。
夫婦はそれでも『ねりね』を探し続けていました。

それは震災の後に生まれた娘が7歳の誕生日を迎えた翌日。

それはそれはとても空が青い日の事でした。海の波が静かな日の事でした。

砂浜に打ち上げられたものがありました。

白骨化した頭蓋骨と貝殻で作られた2つのネックレス。
そしてガラスの小瓶の中に封入された幼い文字のお手紙と母から貰った指輪。

少し時間はかかったのでしょうが――
『ねりね』はようやく長い旅路の末に。

望み通り両親の元に辿り着くことが出来たのです。

それは『貴方達と過ごした7日間』の中で複数の祈りと魔法、縁、願いが重なりあって生まれた……【小さな奇蹟】だったのでしょう。

少女の仏前に供えられたネリネの花は今日も美しく咲いています。