Eno.583 BlancusとYayauikの日記

Verum, sine mendacio, certum et verissimum.



 Blancusの魔術師は夢を見ない。
 眠る間に知覚されるものを全て夢と呼ぶならば、それもおそらく夢と呼ばれることに間違いはないのだろうが。
 他に適当な定義がないため、彼自身もそれを夢と呼ぶことはあるのだが。
 それでも、一般に夢と呼ばれるものとは異なっているのだと思う。
 少なくとも本人も周囲もそう認識している。

「ひとつひとつは、箱に入れて仕舞われているんだよ」

 Blancusの魔術師はそう語る。
 当たり前のように、なんでもないことのように。

「ひとつひとつ箱に入って、あちこちに仕舞われている。
 それが寝ている間に勝手に開いて、私はいつの間にかその中にいるというわけだ。
 だから夢と呼ぶには正確ではない。
 夢と呼ぶには正確に過ぎる。
 現実と寸分変わらない、私自身の記憶だからだ」

 彼の夢は現実そのものであり、現実の追体験に過ぎないものだった。
 彼の夢は全てを連れてくる。
 思い出も、感情も、匂いや味や感触も。
 苦痛も激情も悲しみも飢餓も、全てがそこにあった。
 夢を見る度に、彼は過去を追体験する。
 忘れることはない。
 箱に仕舞われたあらゆる現実の、その全てを。

「便利ではあるだろう。どんなことでも絶対に、忘れることがないからな。
 尤も、選んで夢を見ることはないのだから、そういった点は不便ではあるが。
 便利だよ、実際に。人間は忘れる生き物だから。
 私は忘れたくないんだ。だからこれでいい。
 ……忘れてなどやるものか、絶対に」




 これは真実にして嘘偽りなく、確実にして最も真性である。

 Blancusの魔術師は夢を見る。
 与えられた愛を、怒りを、苦痛を追体験する。
 繰り返す。
 廻る洋燈の灯、目眩み重なるプリズムの匣。

 夢を見る。
 怒りの日dies irae――


 いつか必ず、永遠に血の海に沈める為に。




Microcosmos00/.