Eno.241 平木 夕真の日記

青年期を過ぎた星の民

地球に取り残されてから、時折私の面倒を見てくれた地球調査員のおじさん。

私がこのアヒル島に流された日にも会ったあの人と
数か月前にこういう話をしたことがある。

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「地球って、ろくでもない部分からは結構目こぼしを受けていると言うか……
 どうも贔屓にされてません?
 同じくらいの技術水準の星を、ここまで大層に観測する事って無いと思うんですが。」



ここでの学生生活は、新鮮な事もあったし退屈な事もあった。

宇宙基準だととっくに学び終えている事の授業を受けている時には、地球観測員のおじさんに倣って言語や歴史、現代の社会について定期的にレポートを作っては送っていた。

そのレポート……いい事も書いて報告するのだが、今回はSNSの汚い諍いについてだった。
おじさんもテクノロジーの扱いに不自由はないはずなのだが、こういうものに対しては見た目の年歳相応の反応をするので、こっちに投げられたレポートだ。

おじさんに渡した時にはそのせいでかなり辟易してたので、
ふと気になってこういう問いかけとなった。





『ユマは、小さい頃自分がこの世界の主人公だ、と思ったことはあるか?』

急な質問返し。

宇宙で物心ついた頃と、地球に降りてきたばかりの頃を思い出す。
親子喧嘩の産物で、正しい判断と言える自信はないとは言え、
かなり珍しい経験をしたとは思っている。

「少しぐらいはある、ですかね。」

『今は?』

地球に潜伏する宇宙人として、そんな思考を持ち続けるのは危ない事だ。

そもそも私が地球に取り残されてから、そう程なくしてこのおじさんがコンタクトを取って来た事からも分かるように、地球に潜伏する宇宙人はそれなりにいる。
レアな存在ではあっても、唯一ではない。

「まさか。もう17と18ですよ。」



そしてここでの生活。無為に過ごしてきたわけではない。
とは言え、宇宙での経験と地球での経験、どちらも半端になってしまったとも感じてもいる。



『宇宙民(スペースフォーク)として登録され、等級が定められている人々は、
 その幻想からあっという間に覚める。
 そしてそれは、星単位でも起こる。実際に宇宙民として認定を受けた後の星が、
 画期的な発見をして昇級する、なんて事はめったに無い。

 試験を受け、個人レベルで等級を上げようとする人すら限られている。』


思い当たる節がある。
向上心の強いお母さんと、お母さんに影響を受けた私などが例外で、
ほとんどの人は振り分けられた等級に必要な教育を数年受けた後は、仕事で必要な事と、興味のある分野せいぜい一つを学ぶ程度だ。

その分余暇に凝る人が宇宙船内でも多かった。
スペースアヒルバトル、ラグボール、スペースオペラ、スペース盆栽……


『……むしろ、そういう若々しい時期を過ぎてしまった星々の集まりなんだよ。
 一等や二等の宇宙民ですら、意識するしないに関わらず、自分の星とその人々がもう若くないと感じている。』


無意識にうなずく。
宇宙のとてつもない母数の中の一人で、手を伸ばせる範囲に新たな発見などもう無いのではないか、と言う諦念。

地球人の中にも似たような気持ちはあるのだろうけど、
まだ母数もそれなりで、比較対象も同じ地球の人間だけだ。
 

「となると、この地球は個人や星単位で、主人公だとまだ思っている……」




『そう、この地球はその辺りの指標が非常に高い。
 つまり何かを起こしてくれる星である可能性が高い。
だからこうやって、結構な人数が地球に溶け込みながら、観測している。』

「爆発力を秘めている、って事ですね……。
 最近の地球人見てると、良くない何かを起こしてくれそうな気配もしますけど。」



かすかに、痛い所を突かれたと言う顔をするおじさん。
多分リスクの指標も高いのだろう。

『……それでもこの星の、コ』
自販機に小銭を入れるおじさん。

「お茶はうまい」



缶コーヒーのボタンにおじさんの指が行く前に、すかさずお茶のボタンを押す。
おじさんが缶コーヒーの販促をしているのは知っているが、私はお茶派だ。

『まだ奢ると言ったわけでは』

気にせず缶蓋を開け、流し込む。
むしろお茶一本で済んだら安くない?

「でもなんか、話を聞いて日頃何となく感じていたことが
 多少腑に落ちた気がします。

 ここが進んでる訳でもなければ、夏は馬鹿みたいに暑い。
 きれいな海もしばしば赤潮で真っ赤。ろくでもないウイルスも大流行りした。
 その割にここの生活が何となく眩しかった、その理由が。」




『────おじさんも、その眩しさのお陰で
 毎年調査滞在の延長を申請しているよ。』

開栓の小気味よい音。
おじさんも自分の分のコーヒーを開けて、喉を鳴らして流し込む。

「販促でなくても、そうやって飲むんですね。」

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この眩しさは、この時はどちらかと言うと
宇宙に帰る方に気持ちを持っていった。
青年期を過ぎた星の民である私自身から、その眩しさは発せない。

でも自分自身が眩しくない事を気にせずにいられる歳でもない。
同類の元に、帰るべきだと思った。

そして帰る予定だった日から始まった、アヒル島に流された7日間と、船の上の何日か。

間近に寄ると眩しすぎるからと、いつも一定の距離を置いていた類の人達との生活。
繰り広げられるアヒルバトルとアヒルオセロ。宇宙で定説とされているアヒルエネルギーとはまた違う、アヒルエネルギー……

誰かのそばに居ることで、
見える世界はまた一つ変わった。


今は成果物もあるし、宇宙船が待ってくれているなら帰りたい。
けど、もう一度。今度は正しい手続きを踏んで、
ここで生まれた物語の続きを見に来よう。