Eno.716 仮の日記

泡沫:7








あの行商人たちのきな臭さは感じていた。
から、別に構わない。
構わなかった。
村の総意のように話す村長が恐ろしかった。
人の体を、村の安全と引き換えにトレードしている。
いや、別に恐ろしくはないか。
もう動かぬものを未来に投資しているのだから、それは間違っちゃいないだろ。

「間違っちゃいねえよ」

だといい続けないと納得できなかった。
あいつ、殴ってやろうかと思った。
巫山戯るな。
巫山戯るな。

ああ、全く納得できていなかった。
いい。いい、受け渡したっていい。

「…………」


一声。
一目。
それだけ、あってもよかったじゃないか。
あの親父が、結局、どんな顔をして亡くなったのか、わからないままじゃないか。
親の死に目も見せちゃもらえねえのか。なあ。
あれが特段、大切だったわけではない。
自分の時間は、あれに縛られていた、そう思うのも確かだ。
でもさ。
でも。

「………」


やりきれなくて頭をかく。

歩けない彼がなぜ砂浜にいたとか、水に濡れていたとか、そんなのがどうでも良くなる。
海に呼ばれて、海に帰って、陸地に拐われた。


「……」

苦しんで亡くなった?

穏やかに亡くなった?

「………それだけが、」


知りたかったが。
行商人たちに尋ねたところで、はぐらかされて、場所もわからず。
どこか遠くに輸送されたらしい。
その後の始末はわからないまま。

わからんままだった。



「………」

蟠りは膨れ上がって、荒れ狂う波のようになっている。
ああ、ああ、なんだって。

「……どうしたって、」

海の方を見た。
海の妖精。
あれらが、人で遊ばなけりゃ。


怒りの矛先を間違えている。
けれどみしっている人たちに罪はなく。
攫って行った人たちにも責任はなく。
自分が果ての逸れものだという事実だけがあり。

この村にいるのも、もう、特段嫌になっていた。
居心地が悪い。
居心地が悪い。
矛先を間違えているから、村ではなく海に目を向けた。

「…………」

「、」





旅支度を整えた。
海の妖精は、もういない。

嘘っぱちだ。
植物の妖精がいるのなら、海の妖精だって、いるのかも知れないだろう。

ああ、追いかけていく。
追い求めていく。
追い詰めて。

『 』

どうしたいかの答えは、空白のまんま。
埋まっていないが、心臓に合わせて足が跳ねた。


怒りから始まった気力は、いつか燃え尽きるものだろうに。

それでも、その時、その年、その時間は。
そうしないと気が済まなかったのだ。

街に行こう、書を手に入れよう。
そうして海の妖精を調べて、学んで、潜っていこう。

そして、探し当てよう。

海底何百キロメートル、なんで距離では表現できまい。
奥深く。
沈んだ底で、微笑う彼らを。


「……」

「人魚を、」


探しに行こう。




村の外へ足をだす。
狭い世界を飛び出した。
それしかなかった。
それ以外なかった。
今できることは。

吐き出したって、あぶくとして浮かばないんだから。



──その人の身体は、当然、水には、ならなかった。