Eno.1032 アリアンロッドの日記

8日目_7

さっき日記に書き漏らしたことが1つ。
ずっと気になっていて……しかし忘れていたことを決行した。西三君が(あの様子だと家宝にするらしい)ナイフ。流れ着いて早々、徐ろにガラス瓶を叩き割って大きめの破片で適当に作った、簡易の刃物。あれが私の贈り物、となるのは、ちょっと沽券に関わったんだ。物語の精霊というのは得てして、勇士に聖剣を与えるものだから。
なので、一旦預かってしっかりとした刃物の形に再加工、出航時に私から削れたマテリアルでコーティングすることで強度も解決して返した。薄膜1枚でも、完全な剛体であれば日常使いで壊れることはないだろう。ただし、敵意を込めた攻撃、或いは同強度以上のマテリアルとの接触であれば破壊される。ダイヤモンドがダイヤモンドで削れるように、本当の意味で無敵の素材などありはしないということだ。仮にあったら加工できないし。

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そうそう、私達トロンについても書いておこうと思う。口で説明すると、中々複雑な来歴を辿っているからね。
元々は惑星アーシエで誕生した種族で、その源流は5000年前にあった、人間と天使の絶滅戦争に遡る。……天使と言っても別に彼らはそういうアレではなく、単に“そういう人類”だと考えてほしい。
その戦争の引き金を引いたのは天使の側。当時の彼らは自分達こそが現人神である、と思い上がった末に、醜悪な人類を掃除しにかかったのだとか。現人神を騙るだけはあって、殆ど一方的な虐殺になっていたという。

人間の側も当然死にたくはないものだから、どうにか解析した天使の実態から、同じ力を得るべく“模造天使”とでも呼ぶべきものを生み出した。これが私達トロンの直接の根源。私達はこの模造天使を原トロンと呼称している。

天使の力を得て抵抗できるようにする(勝てるわけではなかったらしい)、というコンセプトで生まれた原トロン。それは、機械の外殻を持つ模造生命、とでも言うべきもので……下手な人工知能に匹敵する思考能力や自律性を持っていた。人間達はすぐに別の活用法を思いついた。要するに、無人兵器。人間の数は日々減っていくものだから、戦場に立っているものの割合はどんどん原トロンへと偏っていった。本来有人で扱い、原トロンがその補佐をするような形態だった兵器ですら、戦争末期には無人での放し飼いが殆どになっていたらしい。

人間は鉱物資源を無秩序に掘り返し、天使も星の力を際限なく引き出し続ける。そうして死にゆく“星の悲鳴”とでも呼ぶべきものを、1体の原トロンが拾った。助けを求める性質のそれが、救難信号の1つとよく似ていたらしい。それに応えた結果、その原トロンは言ってみれば“神のスカウトを受けた”ということになる。本来精霊というのは、神なるものが必要なときに必要なだけ作るもの。スカウトされる、というのは異例なことだった。

そうして、彼女は原トロンからトロン……精霊女王へと変わった。模造天使の核が収まっていた“波動管”に、置換される形で精霊の核が収まって、これは今では“精霊管”と呼ばれている。大きな真空管様の部品だ。置換、であるから、元の構造を全て維持していた。化石が実際には骨ではなく、“骨の形を残した石”であるのと同じようなものだけど、私達の事例では、模造天使が持っていた機能も全て引き継いだ、ということになる。



物質的に存在していた波動管が置換されて精霊管になったことで、“物理的な設計図のある精霊”になった。これもまた、異例なこと。必要なときに必要なだけ作られる精霊は、自ら増えることもできない。設計図があることで、トロンは自分の意志で増えることができるようになった。精霊女王となった彼女は、自分を原型にして典型アーキタイプと定めて、せっせと眷属を生産し始めた。彼女自身、一二を争う規模の移動拠点にして工廠でもあった。

これらはしばしばがん細胞にも喩えられる。……けど、私達は母体を殺すほど馬鹿ではない。自分達が活動するためのエネルギーは、なるたけ自活するようにしている。それ故に、全体の7割ほどは日がな一日、日向ぼっこをして光エネルギーを集めることに終始してしまうのだけど……。金属でできた外殻は維持費は安くても、動くとエネルギーを多量に消費してしまうしね。

5000年前の文明の忘れ形見、人工物を纏いながら自然の化身を謳う矛盾した存在。現在の私達はこんな経緯でできている。本来の精霊と比較すれば外道、と言ってもいい。それ故の問題も抱えているけど……アイデンティティを捨てる気にもならないかな。