Eno.710 ねりねの日記

【ようこそ。箱舟の図書館へ】

『シマに流された人魚姫』とその物語人生を納めた本に観測者は題名をふった。

尾木原 ねりねというひとりの子どもの末路を観測し、その物語を見届け――
喪われぬよう拾い上げこの図書館に納めることにした。

死者は幻想の中。忘れずにいてくれている生きている誰かの中でしか鮮やかに咲くことは出来ない。

少女の肉体は帰った。
彼女の帰りをずっと待っていた両親の元へ。
――彼らの時間は津波のあの日からようやく解き放たれて一区切りつけられたのです。

ようやく声を上げて涙を流して、娘を抱くことが出来たのです。
哀しい再会でも、それは紛れもない救済でした。
ねりねは大好きな家族の中で笑顔で在り続けるでしょう。
少女の愛は確かに届いたのですから。
彼らの息が途切れるその日まで。
ねりねはその傍らで生きています。

少女の魂は還った。
異国の神に見守られ、また別の神に弔われたのです。
その魂はあるべき所へ流れていきました。

なんの恐怖も苦痛もなく、ただ穏やかに。
津波で心臓が止まった時のように、未練だらけではないのです。
自らの死を理解出来ていなかった彼女が、生きている者を海の底に引きずりこみ助けを請おうとする事も。
再び起こることはありえません。
ねりねは心穏やかに旅立ったのですから。


そして。
物語の影法師は然るべき場所に。

彼らが紡いだ希望のしるべが途絶えぬよう【人魚姫の物語】を保管する。

いつかあの島で彼女と過ごした誰かがこの図書館を訪れて。
いつでも彼女と再会出来る物語が紡げるように。

【図書館の主】が題名を記した本を書庫に納め、【小さな人魚姫】を図書館に招き入れた。

『ようこそ、箱舟の図書館へ。

わたしは貴方を歓迎しましょう。【人魚姫】ネリネ

――いきなりで悪いのだけれど、児童書コーナーの管理をする司書をしてくれないかしら?』


『ししょのお仕事?
えっとネリネ、上手にできるかな?

でも頑張るよ!
本をきれいにすればいいの?』


小さな人魚姫の疑問に【図書館の主】はそうだと頷くと。
新しいお友達の気配を敏感に察知したらしい『こーはっしゃ!』と鳴くもちもちとしたチョコレート色の丸い生き物がネリネに駆け寄りにっこりと笑った。

現館長が作り出した謎の生チョコをネリネが不思議そうに抱きあげて撫でている。

しばらくその様子を見守っていれば――生チョコもネリネも仲良しになっている様子。

【図書館の主】は小さく笑い、2人を呼んで手招きする。
まずは図書館の案内と自己紹介から――


物語は紡がれ続けるでしょう。

ではいずれかの時まで、また明日。
貴方達の旅路に光ありますように。