Eno.937 吟遊詩人の日記

- 再会 -

 
長い航海の末にエゾデスへと帰り着き、諸々の報告のために王都サポロスに立ち寄った日。
彼らの姿を一目見ようと集う人々の中に、勇者の仲間である吟遊詩人を見つめる男の姿があった。

吟遊詩人の彼女と どこか似た雰囲気を漂わせるその男は、何かを考えるような仕草をした後に 人混みをかき分け、一縷の迷いもなく彼女の元へと歩いていく。


「おやおや、大人気だねぇ。
 やぁ皆の者!ボクが見、そして歌う物語を、是非とも楽しみに───


『……失礼、勇者パーティーの吟遊詩人さん。
 少し、良いかな?』


…え?
 ……あ、あぁ、もちろんだとも。えーっと………」




彼の姿を確認し、言葉を聞いた詩人は一瞬面食らい、呆ける。
なんだか、どこか懐かしいような…ずっと失くしていたモノがすぐそこにあるような、そんな感覚がしたから。


本来の彼女であれば、
「フフ、そんなにボクのファンなのかい?
 でもダメだよ~?ボクはそういうのしない主義なんだ」

……とか何とか言って多少厄介な者は躱してみせるのだが、その時ばかりは違かった。
素直に従い、男の後に着いていく…。

その様子を見て、違和感を覚えた者もいたかもしれない。
しかし、「…ごめん、少し離れるね。また後で」と彼女から直々に静止され、何者も後をつけることはかなわなかった。





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よほど聞かれたくない話なのだろうか。
男は人目を避けるため、わざわざ郊外にまで吟遊詩人を連れ出した。

周囲に誰もいないのを確認し、彼は口を開く。


『…突然すまないね、こんな所まで連れ出して。
 危害を加えるつもりは無いんだ。

 ただ…少し、伝えておきたいことがある』


『…話をするにあたって、まずは謝らなくてはならないな。
 君は、ある時からの記憶がないだろう?
 それは…僕のせいだ。

 かつての僕は間違いを犯し、君を長い苦しみの中に追いやってしまった…』


『その事について、今更許してもらおうとは思っていない。
 全ては、今から言うことを聞いてから決めてほしい──』





『─── シルヴィカ』   





“シルヴィカ”
それは、遠い昔に一人の青年少女彼女に与えた名前。
かつての吟遊詩人が、ずっと大切に抱いていたモノ。

そして、長い長い時を虚ろに過ごしてきた彼女を解放できる、唯一の鍵。





「─────……」




…………………へ?






──たった今、吟遊詩人は全ての記憶を取り戻した。

驚愕と困惑と、様々な感情が入り交じった表情を目の前の男に向ける。




「なっ、なっ………なんで覚えて………
 も、もしかして、はじめから忘れてなんか………」


『…………すまない。
 その、僕の伝え方が悪かったんだ…』


~~~~…………っ!!!!
 バ、バカ!!バカバカ…!!!このバカ兄………!!!

 こんな、こんなの……勝手に暴走したボクが大馬鹿者みたいじゃないか…………!!!!」


『ご、ごめんて……(否定はしない)


そこは否定しろ───ッ!!!


うん……






彼女は浮かぶ感情、思った言葉を、真っ直ぐに彼にぶつける。
彼はそんな彼女を、微笑みと共に受け止める。

そんな、かつての二人のすがたがそこにはあった。




…はぁ、もう……とりあえず、一旦戻るよ…。
 あんまり外すと後が面倒そうだ。

 他の事は後で聞く、逃げたら許さないからな」


『わかった、いってらっしゃい。
 また後でね。今度はちゃんと迎えに行くよ』



 …ふ、ふんっ!そんなので許されると思ったら大間違いだぞ…!」


『え~?』


「む、向こう1000年は一緒にいてくれないと許さないし、
 もう兄さんって呼ばないし、名前呼び捨てにするからな…!
 これからは“シオン”って呼ぶ……!!」


『ふふ、そんなことでいいのかい?シルヴィカ。
 もちろんいいよ、何千年でも一緒にいよう。
 呼び方だって君の好きにすればいい』


「……………なんだよ、ちょっとは文句言えよ…。
 ……ま、まぁ~? わかってるなら…、いいし……」



(…くっそ~~!!
 もうっ……、全っ然敵わん………!!!)






様々を考えながら、いつもの調子で皆の元へと戻っていく。
そうやって隠そうとするものだから、
きっとしばらく、この事は二人だけの秘密になるのだろう。





「(戻ったらどう説明しよう、絶対いろいろ突っ込まれるよな…)」


「(……まぁ、名前くらいは教えてやっても良いかな)」


「(いや…やっぱ名無しのままでも良いかも)」




「…今更呼ばれたって、なんか…慣れない照れ臭いし……」







そんな決心をした彼女の心なんて露知らず、
ある日シオンがポロっと彼女の名前を溢してしまうのだが…

それはまだ、少しだけ未来の話だ。