Eno.1032 アリアンロッドの日記

エピローグ

ついに、故郷へと帰還する。惑星アーシエ、その海に。久しぶりに見た景色は、驚いたことにそんなに変化がなかった。……というのも、ノルテステラとして乗り付けていた半島。消えた筈のそれが、残っていたからだ。同胞、トロンの半数ほどがそのノルテステラの大地で暮らしていたが、一旦その横を通過して南下、コユンの大地に腰を落ち着けている氏族長の下へ。数kmもある巨体は、上空から見ればすぐにわかった。

----

「まずは帰還を歓迎します、アリアンロッド。よく戻ってきてくれました」


その移動要塞の内部、女王の間。迎えたその人物は、地面につくほどの長い藤色の髪に、赤い瞳をしている。お姫様、と一目でわかる重そうなドレスが、背負った藤色の光輪で照らされていた。5000年を生きる、尊き精霊女王だ。

「只今帰還致しました、血族の長ブルードマザー


そう言って片膝をついて頭を垂れる。形式張った挨拶。10秒ほどそれを続けて……

「はいじゃあ形式張った挨拶おしまい!」


ぽん、と音を立てて、マザーの姿が変わる。お姫様とわかる程度の豪奢さを残しつつミニスカートにアレンジされたドレスに、長い髪をポニーテールに纏めた姿。光輪も消えたそれが、普段のマザーの姿だった。この人は……。

「仕事モードを解く判断が早い!」(*しばく音)


「ぐえーっ!」



----

そんな一幕はさておき。話を聞いていると、崩壊から半年が経っていた。大地が残っている理由は、(元)女王陛下が“大地創造の奇跡メタファリカ”を起こしたからなのだという。しかし女王陛下は全治千年を言い渡されて大地の心臓へと還り、新造されたがためにまっさらな土地は事実上無政府状態。各国首脳の殴り合いの会議によって、北がフィーデリカ、南がイリューネン-コユン-アークロー連座で。南北分割統治ということになったのだという。そこに元々いたトロンもまた、南北に居住地を分断されたことになる。……実はこれは別にいい。常に集合意識になっている私達だけど、物理的に接触している必要はないし。居住地が分割された、以上の不自由もないとのことだった。……これはあれだな、人間達の国際政治を特等席から眺めていたな。そのほうが私達にとってよほど“面白い”のは目に見えてる。

そうして、私は元の群、へと帰った。持ち帰ったものは早々実験されるらしい。直接板チョコが生えるチョコ畑があるのだから、こういう植物も……育つのであれば、きっと主力の作物の1つになるだろう。それからトリも。……トリがどういう扱いをされるのかは、わからないけどね。

私自身は修理ドック送りになった。誰がどう見ても満身創痍、武装も再建造が終わるまで休むように、と。……困ったな、西三君との約束があるんだけど。まぁ、そんなにはかからない筈だ、多分。

西三君の一件をマザーに共有すると、まぁわかっていたけど快諾された。自然、顔がわかっている私が最初の先遣隊に任命される。そして、世界間転移を可能にする人物というと……

----

「それで、私の所へ、か」


「そう。手間をかけて申し訳ないけれど」


それは、大地の心臓のところで療養している元女王陛下だ。本来ノルテステラ側の存在で、一緒に消えて終わるはずだった。しかし世界が彼女を生かしたらしい。……消えちゃったあちらの世界も、優しかったんだね。きっと私が生きているのもそういうことなんだろう。

「構わない、“その程度”なら負担にもならない。……送り先に印は」


「それなら問題なく。ほら、これだ」


「いいだろう」


そうして詠唱は紡がれる。膨大な魔力が吹き荒れる。……この人もまた、神の領域に片足を突っ込んでいた。回路がズタズタになっても、神域の天才である事実は曇りもしていなかった。付近の水面に映る景色が変わる。水面を鏡に見立てて、“鏡の中の世界”を手繰り寄せる。これが水鏡の基本的な原理だ。水面の鏡に飛び込めば、その景色がある場所へと飛ぶ。
それでも、自由にどこへでもとはいかない。世界同士には絶対座標がないから、住所がないようなものだ。この世界から見てどの方角のどの距離にあるのか、相対的な座標を知るか、或いはマーカーを設置すること。それが必須でもあった。ない場合は、どこに繋がっても文句は言えないと。

「界錨は結んだ、あとは自由にするがいい」


そう言って女王が下がり、また横になった。気丈に振る舞ってはいるけど、今もまともに動けないらしい。全治千年というのは、大袈裟な数字ではないのだろう。

「……行ってくるよ、女王陛下」