Eno.16 戌ヶ迫 朔也の日記

あとがき ~ そうして何処に至ったか

「うわっ!? ってて……」


 投げ出されたのは見覚えのある大通りだった。
 あの後船の上でみんなとお別れをして、元の世界に帰りたいなって考えて……。

 そうやって、気づいた時にはここにいた。

「朔也! 大丈夫か!?
 今、怪異に呑み込まれたと思ったのに……怪我はしてないか?」

「スエキチ……? ってことは……」


「オレ、帰ってこられたんだなー!
 あのまま死んじゃうのかと思って、ちょっとビビったぜ!」


「……っていうか、あれ? もしかして、怪異にやられた時まで戻ってる?」


 振り返った先には、怪異の姿なんてどこにもなくて。

 少しずつ人の気配が戻ってきた大通りを見ていると、
 あの出来事は全部夢だったんじゃないかとまで思えてきて。

「? 一体何を言って……というか、羽織がボロボロじゃねえか!
 よく見たら体も傷だらけ……って朔也、お前ちょっと臭いぞ」

「……これ、磯の匂いか?」

「はー!? なんだよそれー!
 これでも岩風呂が出来てからは、毎日ちゃんと風呂には入ってたんだかんなー!」


 スエキチと話しているうちにほんのちょっとだけ不安になって、ズボンのポケットに手を入れてみる。

 ぎゅっと握りしめたのは、ガラスみたいに透明で、海よりも深い青色の輝き。
 それはオレたちがあの場所にいて、一日一日を必死に生き抜いたことの大切な証。

「……朔也、やっぱりどこか痛むのか? 怪我したなら見せてみろって」

「……だいじょーぶ、ケガなんてしてねーから」


じんわりとこみ上げてきた熱い何か。
不意にこぼれそうになったそれを、誰にも気づかれないよーに慌てて拭って。

「——それよりさ、すっげー面白い話があるんだ!
 だからパトロールはここまでにして、今日はもう帰ろーぜ!」


「はあ? またそんないい加減なこと言って……。
 大体、さっきの怪異はどうするつもり——」

「いーから!
 消えちゃったもんは仕方ないだろ? ほら、早く行こーぜ!」


 スエキチが何か言うよりも早く立ち上がったオレは、神社うちに向かって走り出す。

「あっ、おい、待てって! 朔也!」

 大丈夫、絶対に夢なんかじゃない。
 あの島で過ごした毎日も、バッグに詰まった贈り物も、みんなと交わした約束も、
 大切なものは全部ここに残ってる。

 それがなんだかむしょーに嬉しくて、オレは握った拳を天高く突き上げたんだ。










 ここは、ヒノモトの首都である大都市ヤマトから、遠く離れた地にある地方都市、ムサシ。
 煌々と闇を照らす街灯と、視界を埋めつくすビル街のきらびやかなネオンの中で、
 それに負けないほど、けれども少しだけくすんだ赤紫が一つ。
 すれ違う人の目を引く時代錯誤の鱗文様を身に纏い、
 傷んでしまった赤い尻尾を機嫌よく左右に揺らして夜の街を闊歩する少年、戌ヶ追・朔也がそこにいた。

 ひと夏の大冒険を胸に抱えた少年は、星空の下を今日も元気よく駆けていく。



「スエキチも、ダイキチも、じーちゃんも、
 それにとーちゃんとかーちゃんだって、この話を聞いたらきっと驚くぞー!」


「オレが過ごしてきた、あっという間の一週間……」


「これはオレたちみんなで作った、一生忘れられない宝物ものがたりだ!」




おしまい