Eno.716 仮の日記

そのあと、の、はなし

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──海の声が聞こえないっていってんだろ、なあ!!!!!

彼は、島から、陸へと帰ってきている。
海を渡り、海から帰った。
陸に足を踏み込んで、少し伸びをして。
楽しかった、と言うよりは。
不思議な体験をした、と目を伏せて回想した。

港はいつも賑やかで。
異世界から来た船も、全く、受け入れて、それが去るのを見送った。
後の喧騒は、人の声が飛び交っている。

いつもの世界に、戻ってきた。

都合のいいことに、その港は一度も足を踏み入れたことのない土地で、だから、辺りを見回せば、商いの雰囲気ある方へと足を踏み出す。
この時、拾ったかわった石は鞄の底に入れてしまっていた。
そのあと、無くしたと騒ぐのだけど、見つからなくて諦めるのは、別の話。

彼はまた、進む。

海底に連れていってもらうのは、やめた。
人の手で叶えるのでは、ひょうしぬけだった。
自分の手で叶えてこその、それだった。
海の妖精たち。
足が魚であることから、見かけた人々はそれを人魚と呼ぶ。
他のどの妖精たちより、自由気ままで、神から託された役目を放棄し。
海底奥深く、人間がたどり着けないところに、国を作った愚か者たち。
自由気ままに遊び尽くし。
時折人を歌声でたぶらかし。
遊んで、ぽいと放り投げる。
“神のおわす場所”に、誰よりも早く帰ったものたち。

………

ああ。

調べれば調べるほど。



「ろくでなしだ」








だからさあ、聞こえねえんだって、海の声。
全然聞こえねえんだよ?ああ?なんだ?聞こえねえよ。そんなもん。



その毎日は変わらず、研究はどこまでも進められていく。
島を訪れたことがすっかり昔になり、ああ、あれは泡沫の夢だったのではないかと。
基本的に、現実に生きる彼だったのだ。
忘れ去ってしまうほどに。

彼の毎日は充実していた。
否、充実しているように見えた。


そんなことはなかった。

彼は年をとっていく。
歳を取ればとるほど、後に引けなくなり。
同時に、時間の浪費を嘆いていた。


怒りは、いつか燃え尽きるのだ。
彼は世界を知る。
彼はいつか、大人になる。
大人になった、なんて思っていない。
夢追う人は愚者である。

彼は成果を出せなかった。
彼は成果を出せていなかった。

何十年の時の蓄積があろうと。
なんだ海の中に奥深く潜ろうと。

鱗を持つ魚の人の姿は、どこにもいない。

朽ちた王国だけが、嘲笑うようにそこに生きた痕跡を残している。


ああ。
ああ。

何度も何度も失望をしている。

何度学んだも、時間の浪費を嘆いている。

海中で拾ったものを、商人に高値で買い取ってもらう。

青年の時から何一つ変わっていないじゃないか!

ときおり、研究録を誰かに見せようと思った。
けれども、権威も、地位も、繋がりもない、ただの素人の文など見向きもされないことだろうと、誰にも見せなかった。
こんなものは空想だと。
恥の煮凝りは、ただ、手元にずっと重ねられている。
無駄が目の前に現れて、破り捨てたくても。

まだ、諦めきれなかった。

いつまでも執着をしている。
夢はいつか諦めるもので。
それは夢ですらないのに。

執着の泥沼に、溺れていた。








聞こえねえ。

ああ、聞こえねえ、聞こえねえ、聞こえねえ。

海なんかに呼ばれてねえ。



俺は、人でしかない。


──けれども、何百回目のダイブのとき。
奥底でまた、彼らの暮らした、残り物を見た時。

ぷっつり、と。


──海底で笑っていた。

ガバガバと口の中に海水が入って。
気泡が空へと上がっていく。
苦しいことは何もなくて。
ただただ、馬鹿馬鹿しさだけが残っていた。

有り体に言えば、おかしくなってしまった。
いつだって、変になるのは一瞬で、タイミングなんてわかりはしない。

ただ、それが跳ねたのには、一応の理由があって。



この土地が、最後の土地だとしめす置き手紙が、わざとらしく残されていたからだ。
自分が最後の海の妖精で違いはない。
にんげんども、ごくろうだった。
私たちはこの世界につくづく愛想が尽きた。

それでは、さようなら。
もう神秘を追い求めるな。


夢から覚めなさい。



──泡沫。


泡沫の、夢。


泡は、弾けて。




笑い声は、誰にも聞こえず。


ただ、不快な、かばごぼ、と、苦しむ音がするだけだった。

苦痛も叫べまい。
何も叫べまい。
自分のこれまでを、肯定できなかっただけ。



苦しくなんてないのにね。











その先の男のことは、誰も知らない。
燃え尽きたものは、はいとなり、廃人となる。

あちこちの海に現れて、人魚を探す男は、結構な有名人だったが。

もう、現れることはなかった。





もし、その男にそっくりな人を見かけても、きっとただの、中年にしか見えまい。

生きているのかもしれないし、死んだ煮凝りかもしれない。




──もしみかけたなら、流転の大陸で。

どうぞ、お会いしましょう。