Eno.16 ミオソティス

【0-2 心を埋めるはシオンの花】


【0-2 心を埋めるはシオンの花】

  ◇

 街に出掛けたミオ。花に触れても何も起こらなかった。そうだよなぁと思いつつ、特に目的もなくぶらぶら歩いていたら、

「きゃあっ!」

 誰かとぶつかった感覚、小さな悲鳴。
 ミオは慌ててそちらへ駆け寄る。

「……っと、ごめん! 怪我はないかい、君?」

 ぶつかったのは、白いワンピースを着た少女。淡い紫の髪に蜂蜜色の瞳。ミオは彼女を見て、庭園に植わっているとある花を連想した。

 それが、出会いだった。
 それが、きっかけだった。

 少女はシオンと名乗った。彼女はシオンの花によく似た外見をしていた。シオンは街の貧乏な子供ではあるが、彼女なりに頑張って生きているのだという。喋るシオンはとても楽しそうだった。

 ミオは高い身分の家に生まれたのに孤独で、
 シオンは貧乏なのに楽しげで。
 ふたりは、まるで正反対。

「……また明日も、ここに来るね」
「えぇ! また会いましょうね、ミオ!」

 約束交わして、その日は別れた。

  ◇

 その日から、ミオはこれまで以上に頻繁に街へ出掛けるようになった。前にシオンに会った場所へ行けば、いつもそこで彼女が待ってくれるようになった。ミオとシオンは親しくなり、よく話すようになった。

 愛されたことのないミオを、シオンは無償の愛で包んでくれた。ミオがフロルの家のお嬢様なのだと明かしても、シオンは変わらぬ態度で接してくれた。それがミオには、居心地よく感じられた。ミオの世界は鮮やかなもので満たされ、ミオはとてもとても幸せだった。

──きっと何かを、錯覚するほどに。

「ねぇ、ミオは夢とかあるの?」

 ある日、シオンはそんなことを尋ねてきた。
 いきなりどうしたのと首を傾げるミオに、
 シオンは言った。

「わたしは、あるの! わたし、もっといっぱいお金稼いだらね、この街を出るのよ。昔から、広い世界に憧れていて!」

 ミオはどうなのと彼女は問う。
 夢かぁ、とミオは呟いた。

 考えたこともなかった。だって自分はいずれ、好きでもない偉い人のお嫁さんか妾になって、惨めに一生を終えるのだから。それ以外の将来なんて考えられなかった。フロルの魔法がこれから使えるようになったとしても、今更、父が自分を見てくれるとも思わない。
 沈黙。

「…………ないよ」

 息を、吐き出した。
 目の前の君が、輝いている君が羨ましい。
 楽しそうに未来を語れる君が、妬ましい。

「……お金が貯まったら、シオンはここを出て行っちゃうの?」

 目を合わせないで問い掛けた。
 シオンは無理に目を合わせようとはせず、頷いた。

「……それが、わたしの夢だったんだもの。貧乏な家だけれど、少しずつお金は貯まっているのよ。だから」
「…………そっ、か」

 僕を置いていかないで、なんてワガママは言わなかった。ミオにとってシオンは初めてにして唯一の友人だけれど、シオンからすればたくさんいる友人のひとりにしか過ぎないのだろう。

 泣きそうな顔をしていたのかも知れない。
 うつむくミオの肩を、シオンが優しくぽんと叩いた。

「でもね、永遠の別れになるという訳でもないでしょう、生きていればまた会えるわよ! それに、すぐにいなくなるという訳でもないわ。だからそんな顔しなくても、大丈夫よ」

 シオンには教えていない。ミオのこれまでのこと、これからのこと。シオンはミオがフロルの家のお嬢様だということしか知らない。

 ミオが何処かに貰われてシオンがやがてこの街を出るのなら、もうふたりの道は交わらなくなるかも知れないのに。身分に差のあるふたりが今こうやって会話出来ているのはひとえに、同じ街の住人だからで。

「…………そうだ、ね。
 また会えたら、いいね」

 言葉を呑み込んだ。
 にこ、と偽りの笑みを浮かべて、
 君との永遠の友情を誓おうか。

 そうやって話していたら、日が暮れてきていて。

「……あ、そろそろ門限になる! 僕はこのあたりでお暇するよ。……また会おうね、シオン」
「またね、ミオ!」

 いつもみたいに挨拶交わして、ふたりは別れたのだ。
 また明日も君と出会って、いつもみたいに話をしよう。