Eno.26 アルセ・K・ディアス

ここに流されるまでの話

特に変わった所も無い仕事の筈だった。

強いて言うならその異界は普通の人間には危険な程の極寒の地だったので人間ではない自分が偵察に向かうことになった位だろうか。

異界の主の所在もしくはそれに繋がる手掛かりを見つけ、もし可能なら主を討伐する。そんな仕事だった。

寒さは本来の姿なら例え絶対零度であろうと問題無い、雪がどれだけ深くても氷に覆われていても自分なら問題無く進んで行ける、更にはただの自然環境で活動する分には全く音を立てる事もない。だからこそ自分が偵察に出されるのは適任の筈だった。

ただ、この異界に流れる川だけはどうやら実体の無い自分でも触れられるようでもしかすると龍脈やそれに類する力の通り道がこの異界では川として現れたのかもしれないと、ただの自然環境には当てはまらないので近寄らないように進んでいた。

「(居た、あれが異界の主か。)」

イエティの様な姿をした異界の主を発見し、氷を操る能力を持っている事も確認した。そこまでの道のりも周辺の地形も頭の中に纏め、可能なら倒せと言われていたが川の存在や異界の規模から一人で挑むのはどう考えても無謀と判断し

「(じゃ、姿も覚えたし帰るか。)」

自分の役目は果たした、後で討伐隊に加わる事になるかもしれないがそれはその時に考えれば良い。そう思いさっさと来た道を戻ろうとしたその時。

「あっ。」

イエティがこちらを向いていた、どういう訳かこちらを察知していたらしい。

「やっべ、まあやることは変わらないが…」

元より撤退の判断をしていた、それがほんの少し早くなっただけのこと。踵を返し、即座に逃走しようとして

次の瞬間強風がアルセの身体を包み、その視点が地上から上空へと移っていた。ただの風ならそれがどんな強風だろうと身体は微動だにしない、だがそれがイエティが起こした風であり、ただの風で無いならば話は変わる。

「__!?」

これまでほぼ受けた事の無いほどの強風、それにこの身体の性質には所々慣れていない部分があり、対抗手段はあるにはあったのだが反応が遅れてしまっていた。何せ今のアルセの重量はほぼ0に等しい、強風をまともに受けたのならどこまでも飛ばされていくだろう。

更に不運だった事に…いや、結果的には幸運だったのかもしれない。このまま異界に留まり続ける事になれば最悪の場合、この不利な状況ではアルセは消滅していた可能性すらあったのだから。

ただ短期的に見るなら予想される落下地点が悪すぎた。自分が唯一物理的な影響を受ける川にこのままだと落ちてしまい、そうなれば最悪そのまま落下時の衝撃のダメージで消滅、そうでなくても何処に流されるかわかったものではない。しかし普通の地面に着地する分には問題無い為なんとか着地地点をずらそうと藻掻いていた。しかしその努力虚しく

ばしゃん!と軽すぎる身体から鳴るには大きすぎる音が異界に鳴り響いた。

数十、もしかしたら百メートル以上の上空から川の水面に打ち付けられる、普通の人間なら無事ではすまないが、幸いアルセは軽い打撲程度の負傷で済んだ。しかし落下時の衝撃により

「…………」

意識を保てずそのまま流されていき、その後は__