Eno.115 ハイド・スキン

前章2

――その日は偶々仕事が遅くまでかかった。
ただでさえ暗い中層の街、その電気の幾らかが落ちて久しく人口太陽と共に眠りにつく。
或いは考えたくも無い何かが蠢く、いわゆる都市の夜半だった。

無い事を知って中央駅に入り、まあ。
朝まで来ないだろうトラムの時刻表を確認して諦めを付ける気だった。
例えば床で寝るだとかベンチの下で寝るだとか、今晩の飯はねえな、だとか。
元々、下層に居着いて久しい私にまともな根城なり塒は無いに等しかったが、
中央駅から今の蠅だかり組織までの距離は遠い。つまりトラムが無けりゃ次の朝の顔出しは出来ねえ、という事も。元から顔出してねえけど。姿見て殴られるのは勘弁の願いたいところだった。
思い返せば、夜半だったことを差し引いても駅の中が薄暗かった覚えがある。

近くを見れば同じ用な考えで駅に来ていた幾らかの人。分かってても足が運んじまう事は無い話じゃあない。
ただ、警備だろう駅員も居るには居て、都市じゃ珍しく長生きしてそうな爺から下層に一番近い駅の切符を先んじて買った。
意外と朝から受付は並ぶし、聞いてみれば売ってやると言われたから楽を選んだ。
乗車時刻に気を付ける様にとも毎度言われる台詞を聞いて、じゃあ朝まで何処かで暇を潰すか――と。そのつもりだったが、そうはならなかった。
ちらと横目に見た視界の端に、確かにトラムが来ていたんだよ。それも薄暗い駅構内で分かりやすく窓から電気灯りを漏らしながら。

都合が良いと思った。都合が良すぎるとは至らなかった。
何より他にも人が居たから問題も何もないだろう、と安易な考えだったのは確かだ。
態々諦める為に時刻表を読んで今日の運びはもうない事を確認して、駅員。そう、あの老いた駅員にさえ時刻には気を付けろと勧告を受けた矢先だったのにだ。
それでも足はトラムの中へ伸びていた。
緩い疲労感が眠気を誘って、仮眠のつもりで席に座ったことは覚えている。
仮眠にはやや長い時間意識が無くて乗り過ごしに懸念した事も。
実際にそのクソトラムはどこの駅にも運びやしなかったんだけれどな。