Eno.503 カーニボア・ミツバチ

prequel

 昔々というほどでもないほどよい昔、というよりも、そこそこ最近。
 あるところに、困り果てた世界がありました。
 空は荒れ、大地は裂け花は枯れ、世界はついぞ滅びようとしていました。

 この世界にある一番大きな国の王様の顔色も、明るくありません。
 この地はいつ、滅んでしまうのでしょうか。
 そんな中、王様のもとに一つの知らせが飛び込んできました。

「王様! ついにアレが完成しました!」

 扉を開いてそう報告したのは、研究者風のかっこうをした男です。
 普通なら、こんな無礼なふるまいをした者が許されることはありませんが、王様は男を笑顔で迎え入れました。
 王様と男は、壊れそうな世界を助けるため、ずっと国をあげて、ある計画に取り組んでいました。

「ネズミにメダカにネコにハチ、あらゆる動物の兵器化が完了しました!」
「でかしたぞ、さっそくどこかに攻め入ろうじゃないか!」

 王様は、ぽんぽんと男の肩をたたいて、男を褒めました。

 王様と男は、残念ながら、この世界を諦めることにしました。
 この世界にまだ恵みと花の色どりが残っているころ、ここはとても文明の発展した素晴らしい世界でした。
 ですから、この世界の他にも、たくさんの世界が存在していることが分かっていました。
 王様たちは、そのどこかに攻め入って、自分たちの新しい世界にしようとしていました。

 大喜びの王様を、男はとめます。

「いえいえ王様、まずはテストをしましょう。貴重な戦力を無駄に失うわけにはまいりません」
「それもそうだな。それで、どのように行うつもりなのだ?」
「はい、まずは繁殖力のある菌類や虫、小さな動物を目当ての世界に送り込みましょう」

 そうして男は目下の者に、カゴに入ったキノコやネズミやミツバチを持ってこさせます。
 どこにでもいる、普通の生き物たちです。
 ですが、彼らは実は恐ろしい兵器に改造された動物たちで、合図を受けると恐ろしい化け物に変化します。

 合図を受けるまでは、普通の生き物として暮らし、繁殖によって殖え、寿命とともに死ぬのです。

「まずは小さな生き物からです。移住に適した世界には、いずれも我々と同程度の文明があります。その住民たちに気付かれないか、そして繁殖する前に絶滅することがないか、普通の生き物としての動きを確認するべきでしょう」
「なるほどなるほど。ネズミや虫なら寿命も短い」

 王様はうんうんとうなずきました。
 これがゾウガメなら、王様の次の王様の、そのまた次の王様くらいまで、結果は分かりませんからね。

「しかしこやつら、実験中に怪物になったりはしないのか? もしも戦いの準備が整っていない状態で、相手に侵略計画がばれたりすれば、すべて台無しになってしまうぞ」

 王様は、不安そうに男にたずねます。
 男は自信満々に、王様に答えました。

「問題ございません。動物たちを狂暴化させるには、我が世界でも大変希少な、妖精族の鱗粉を吸わせる必要があります」
「おお。そうであれば安心だ」
「ええ、ええ。よく似た成分の物質がある世界にでも行き、更に接触するなど、この世界が蘇って再度滅び、また蘇る確率よりも低いことでしょう」

 こうしていくつかの世界に、たくさんの小さな小さな“兵隊”たちが旅立っていきました。
 王様たちの努力が実を結び、いつかどこかの世界で、王様たちが人食い蟻や歩くキノコ、それに翼の生えたトカゲや燃え盛る鳥を引き連れ、世界を侵略する魔王として名を轟かせることとなったのはまた別の話。