Eno.53 ノア・イトゥドノット

9:ある処刑人のお話[ノア]

昔々、とある街で一人の赤子が捨てられていた
その街は寒冷な土地にあったけれど
時期的にはまだ暖かかったので赤子は街の大人達に拾われた

此処でもしも、彼らがその赤子を大事に愛していたならば
赤子はきっとすくすくと育ち
仕事をし、普通に家庭を持つなどして
真っ当な人生を歩み人としての生を終えたのだろう

けれども大人達が赤子に与えたのは
愛などとは到底かけ離れたものであった

彼等が住む街では当時、『魔女狩り』というものが存在していた
『魔術を使ったと疑われる者』や『痣や黒子といった人とは違う証を有する者』に裁判を掛け制裁…または処刑を加えたりするとそういったものを指す
制裁や処刑が成される様を見た観衆が安寧を得られる様に広まった冤罪が往々にして有った『異端狩り』である

そんな魔女の処刑人をやりたがる者など余程の正義感に溢れた者でなければ殆どやりたがらない職種であり
魔女に触れることもある為、街の者達からは忌み嫌われる職種でもあった

其処で街の大人達は考えた
『この赤子を処刑人汚れ役に育て上げる』という事を

街の大人達は赤子に『ノーウェア何処にもない』と名付け
只ひたすらに優秀な処刑人なるようにと様々な事を教え込んだ
一撃で終わらせる方法
この行為は罪ではなく正義の執行だという事
魔女は悪だという事
その道しか指し示されずそういう偏った教育しかされなかった彼は順当に『処刑人』としての才を開花させ伸ばし続けた

大人になった彼は法によって課せられた任務に基づき
そして深い信仰を胸に
重い罪を犯した罪人を処罰処刑する執行者の役割を担うようになっていった
それは勿論、『魔女』無辜の人間も含まれていた
彼は其れを知らぬまま正義のままに民のために平穏のために執行をし続けた
例え愛を与えられずとも
忌み嫌われても
何時かはこの正義はちゃんと認められると信じて
罪深い存在の罪は死を以て雪がれるのだと信じて…



ある日、彼は1人の『魔女』に対する処刑を命じられた
彼は何時も通りに広場にて粛々と刑を執り行う
其を行う事で何時ものように人々に安寧が来ることを信じて
唯々、純粋に人々の平穏を願って宛がわれ続けた職務をこなし続ける
そう、彼は結局の所
此の行為が善であると信じていたそんな人間であった
処刑されていった魔女達が実は無辜の存在であるなど知らなかったし疑わなかった、そんな1人の人間だった


しかし、処刑当日に状況は一変し
彼の人生は大きく狂うことになる――


刑が執行される予定の魔女は『真の魔女』であった
罪なき者達を殺めた報いを与えるために
自分が引き取った娘を殺めた復讐をするために
敢えて捕まる事で大衆達罪人達の居る広場に潜り込んだ
彼女は広場に居た大衆罪人の命を奪い、街を恐怖と大火で混乱へと陥れ一夜にしてその街を滅ぼす事となる
だが処刑人である彼は、ノーウェアだけは『そうならなかった』

魔女は彼に1つの呪いをかけた
永遠に老いる事なく生き続けなければならない不老不死の呪いを
其処に悪夢に苛まれ続ける呪いや負傷や致命傷であれど敢えてゆっくりと治癒されることで長く苦痛を与える呪いも含まれていた

彼が知らず知らずに奪った魔女とされた無辜の命を想う自責
本物の魔女が奪った愚かな罪人達の命の分も背負って生き続けなければならないという現実

その日から彼は死なずの存在として
課された呪いと過ち、信じていたものに裏切られた苦しみや憎しみに苛まれながら長い刻を生きていく事となる
その人生は彼の精神や記憶を歪ませ、変容させるには実に容易く、十分なもので
彼は長い刻の中で自分と言うものが分からなくなるようになってしまう
精神や記憶を保てるだけの精神力など処刑人とは言え1人の人間が到底持てる訳がない

永きに渡りそのように生きて名前を初めとした記憶が次第に忘れゆく中
1つだけ彼の中に残るものがあった
其れは処刑人だったという1つの確信
彼は無意識に其れに縋り
自らの『定義』とした
"処刑人ディミオス"
定義した処刑人という意味を冠する名前とその在り方以外を放棄したのだ
呪いをかけた魔女がそれを想定していたかどうかは定かではないけれど
名と在り方を個として定めたノーウェア改めディミオスは
後にフラウィウスに渡り、其処の酒場で出逢った者達と交流をしながら処刑人としての功績を積もうとし最後の最後で今まで得てきたものを『全てを喪う』という絶望に叩き落とされる迄に
旅先で友人や同行者に『ノア・イトゥドノット休息の月夜』という新たな名を得る迄に
執行者及び処刑人としての個に縋りながら800年以上もの間
介錯や執行として利用された闇討ち、時には戦場に駆り出されたりと
数えきれない程の存在に良いように利用され続けながら実に6桁はくだらないであろう命を彼の処刑人は刈り取り、執行し続けたのである

[ノア]