Eno.16 ミオソティス

【0-4 「貴方の死を望む」】


【0-4 「貴方の死を望む」】

  ◇

 それから、ミオは街に出ることはなくなった。
 シオンに会っても
 いつも通りに話せる気がしなくて、怖くて。

 引きこもりのミオソティス。
 楽しかった毎日は、自分のせいで灰色へと変わる。
 
 友達のまんまでいられたなら、
 愛を告げなかったのなら、
 今も楽しくいられたのでしょうか。

 そんなある日、ミオは屋敷の庭園で、
 愛しい花の姿を見たのだ。

  ◇

 シオンが庭園にいる。迷い込んで行くような場所ではないから、何かの用事で来たのか、呼ばれたのか。ミオは陰から様子を伺うことにした。
 しばらくすると、ミオの父親、グラジオラスが出てきた。何でお父様が? 混乱しつつも様子を見守っていれば。

──グラジオラスが、シオンを押し倒した。

 これから何が起こるのかをミオは察した。シオンはこの父親からお金をもらって、代わりに身を売ることにした? どの道、ミオの目の前で、ミオを愛さなかった父親によって、ミオの愛した花は汚されるのだ。見なければ良かった、こんなもの。

 グラジオラスの手がシオンに触れる。
 見ていられない、こんなもの!

「──この、泥棒!」

 何も考えられない。
 叫んで、父親に飛びかかって、護身用に持たされていたナイフをその背に突き立てた。赤い血が散る。驚いた顔のふたりがいる。

 狂ったような顔をして、ミオは倒れた父親の上に馬乗りになって、何度もナイフを振り上げた。庭園が赤く、赤く、染まっていく。

「あなたは僕のことを愛してくれなかったくせに! 僕の大切なものだけは奪おうとするのか、汚そうとするのか! 死ねよ、なぁ、死ねよこんなお父様なんてっ!」

 季節外れのスノードロップが庭園の地面を埋めていく。白い花弁は血で赤に染まっていく。これまで秘めていた感情が爆発して、どう抑えれば良いのか分からなくなった。

 返り血を浴びたシオンが、
 目を丸くしてへたり込んでいる。

「ミオ…………?」
「君もだよ、シオン!
 君も僕を裏切ったんだ、そうだろう!」

 狂乱するミオは、シオンにまでナイフを向けた。

「どうせお父様の金で身を売るとかそんなことを考えて此処へ来たんだろう! 嫁入り前だから汚されたくないとか言ってたくせに!」
「……違う、違うわ、ミオ、誤解よ!」
「何が誤解なんだよ、説明してみせろ!」

 シオンはミオから距離を取りながら、
 それでも凛と青の眼を見た。

「……グラジオラスさまに、わたし、呼ばれたの。お前に用があるから庭園まで来い、と。わたし、何も知らなくてついてきちゃったのよ。信じて、ミオ!」
「どうせ嘘だろ、
 お前も僕の敵なんだ、シオン! 信じていたのに!」

 荒れ狂うミオに、シオンの言葉は届かない。孤独を深めていくうちに、ミオの中では化け物が育っていた。
 足元には狂おしいほどに咲き誇るスノードロップ。それは庭園を覆い尽くそうとでもしているかのようだ。

「……わたしはね、友達に嘘をついたことなんて、
 いちどもなかったわ」

 さよなら、とシオンが駆けていく。ミオはその背を、呆然と見ていることしか出来なかった。
 金属音を立てて、ナイフがミオの手から落ちた。

「……愛していたよ、シオン。
 でもどうか、こんな僕を忘れないで」

 消え入るように身勝手な言葉を呟いた時、
 ミオの名前の元となっている青い花がひとつ、咲いた。

  ◇

 父親の遺体とミオがその場に残された。
 しばらくして、足音が複数鳴る。

「一体、何が──って、父上!?」

 白い髪に淡桃色の瞳。
 癒しの力を持つ兄、アキレアが驚いた顔をしていた。

 深呼吸、ミオは兄の前に立つ。

「……僕が、殺した」
「……もう一度、言え」
「僕が、お父様を、殺した。お父様はこれまで僕を愛してくれなかったくせに、それなのに僕の大切を汚そうとしたから」
「……足元のスノードロップはお前の力か」
「分からない、知らない。僕にフロルの魔法なんて、使えないはずなんだ」
「…………そうか」

 アキレアが深呼吸をする。淡桃色の瞳は、ただ冷たく。

「コイツを捕縛して地下牢に閉じ込めろ。コイツはフロルの家の主人を殺した大罪人だ」

 周りの者がそれに従い、ミオに近付く。ミオは悲しそうに笑って、抵抗もせずに捕らえられた。

 全てが、崩れ落ちていく。
 シオンと出会ったことでミオは素敵な思い出を作れたけれど、その果てに自らを滅ぼした。愛を知らなかった少女にとって、それがどんな種類であっても、与えられる愛は劇薬だった。
 そしてミオはそんな自分がおかしいのだということが、分からなかった。

 大切なものはあったのに、
 もう、今度こそ、二度と会うことはないのだろう。

 赤いアネモネとスノードロップの咲く庭園で、
 ミオは地下へと引き摺られていった。

  ◇

「…………ミオソティスが暴走したのは、俺の所為もあるのかな」

 連れて行かれる妹を見送り、
 庭園に残ったアキレアはひとり呟いた。

 花の館のミオソティス、美しい花、ミオソティス。彼女は美しかったがフロルの魔法を持たぬがゆえにぞんざいに扱われ、孤独な毎日を過ごしていた。

「父上は仕方ない。だが、兄である俺がせめて、もっとあの子を愛してやれれば……このような悲劇は起こらなかった……?」

 足元に咲いているアネモネを見つめる。アネモネの花言葉は、「儚い恋」「恋の苦しみ」。これが咲いている意味は。

 アキレアは、妹が暴走した理由など知らねども。

「……まぁ、過ぎたことを想っても何にもならない。ミオの処分を考えねばな……」

 貴重な花魔法を使うフロルの当主を私怨で殺した。その罪は、きっととても重い。

 その前に、と狂い咲くアネモネとスノードロップに手を触れて、魔力を込める。異常に咲いていた花々は萎んでいき、庭園は元に戻った。
 父親の遺体はとりあえず撤去され、鮮やかな血の痕だけが未だ、残っている──