Eno.49 アスエリオ

【0 改造人間たちの休暇】


【0 改造人間たちの休暇】

  ◇

「やぁ皆さん、ちょっといいですか?」

 その日、チーム“ジェミニ”に、別のチームの人間がやってきた。水色の髪に青い瞳。チーム“サザンクロス”のフェリールだ。

「こんにちは、フェリール。今は作戦指令がないからいいけれど……他のチームのひとが来るなんて珍しいわね、どうしたの?」

 対応したのは桃色の髪に紫の瞳の少女。アスエリオの双子の姉、イルメリアだ。
 にこ、とフェリールは嬉しそうに笑った。

「魔局長から、監視付きだけれど休暇の許可が降りたんですよ! “ジェミニ”と“サザンクロス”合同で!」
「…………どういう風の吹き回しかしら」

 イルメリアは、怪訝そう。
 フェリールは得意げである。

「僕が魔局長に掛け合ってきました。イルメリアたちを成功作と思うなら、たまにはちゃんと休ませないとパフォーマンス落ちるぞって。何とか説き伏せて一週間の休暇を獲得出来ましたよ!」
「……一応聞いとくけど。フェリール、あなた他に条件付けてきたとかないでしょうね」
「……その後で僕のお仕事が増えます。“ジェミニ”の不利にはならないように交渉したのでお構いなく」

 フェリールの言葉に、イルメリアは複雑な顔。

「……愛しているのなら、あなたの可愛い弟を悲しませるような真似だけは、するんじゃないわよ」

 さて、と彼女は“ジェミニ”のみんなの方を見る。

「そんな訳で、休暇の許可が降りたみたいね。準備をするわよ! フェリールは弟のところに戻ってあげなさい」
「はいはい。あ、集合は明日の朝8時、魔局の中央ホールにて、ですよ! 遅れた人は休暇無しで部屋に引きこもり命令なので、時間に気を付けて下さいね」

 手を振って、鮮やかな水色髪はいなくなった。

 少し落ち着いた“ジェミニ”の部屋。
 きらきらの目で、一番幼い仲間、ティアリーがはしゃぐ。

「おやすみ! わたしたち、おやすみ、もらえるのー!」
「……どうやら、そう、らしいね」

 その声に、病弱な影使いデイズがベッドから身を起こす。

「……ちゃんと休めば……僕ももっと元気に動けるかな」
「……デイズは無理をするなよ」

 黒髪の無口な仲間、クロードが気遣う。
 部屋に楽しげな空気が流れ出した。

「……休暇、外」

 ぽつり、アスエリオは呟く。
 思い出したのは、いつか見知らぬ島に流されて、そこで過ごした7日間のこと。魔局で生まれ育った自分が、初めて外の世界にちゃんと触れた時の思い出。

「楽しみよねぇ、エリィ」

 そんな双子の妹の髪を撫でながら、
 イルメリアが笑っている。

「前はエリィだけ臨時のおやすみになったけど。今回は、みんなで楽しむのよ!」
「……またあっちに流されなきゃ、いいけどね」

 世界は気紛れに繋がる。
 アスエリオが懸念したのは、そのこと。

「……メリィ、いきなりボクが消えたとしても、驚かないでね。出掛けるのは海の方、なんでしょ?」
「……前にエリィが流されたのも、海辺の作戦の時だったわよねぇ。一応、起こり得る事故の可能性のひとつとして頭に入れておくわね」

 ただの冗談──の、はずだった。
 アスエリオは、冗談のつもりでそんな発言をした。
 なのに。

  ◇

 来たる休暇当日、辿り着いた海辺。はしゃぐ仲間たちに優しい笑みを向けながら、念の為にと愛銃持って周囲を警戒していたら、

「──エリィ!?」

 片割れの声がした。
 目前、高く上がった波。
 アスエリオの身体能力なら、
 それから逃げることも容易いはずなのに。

 その波の向こうに、
 いつかのシマの幻影を見たような、気がして。


「…………あ」

 思わず手を伸ばしたその瞬間、
 波が身体を攫って意識は途絶えた。

  ◇

 アスエリオ・リーヴァンロッドを襲ったのは、偶然の高波だった。波が去った後の彼女は、最初からいなかったように消えていた。
 物を透過して移動出来るフェリール、影に干渉出来るデイズが最後にアスエリオがいた場所を調べてみたけれど、そこに彼女の痕跡はなく。

 ただ、イルメリアの胸の宝石は、片割れの死により輝きを失う特別な宝石は、今もまだ輝いている。前日の夜の会話を思い出したイルメリアは、片割れはまたあのシマに流されたのだと結論付けた。

「嘘から出た真とは言うけどさ……
 私たちで過ごせる、せっかくの休暇…………」

 死んでないなら、きっとまた会えるのだろうけれど。

「……エリィなしで過ごすの、慣れないわ」

 かくして、ひとり欠けた状態で、
 改造人間たちの休暇は始まったのだった……。