Eno.652 クライル

(4)きっかけ

いつからだろう。

歯車が食い違い始めたのは。


僕も数をこなし、チームの一員として自信を付けた頃。

その日は、組織のドンが客を招いて別荘に滞在するため、僕もボスと共に護衛として行く事になった。

僕は何故か、ドンに気に入られていた。色々な意味で。

ドンの前で■■■■を披露する事になったり、そのまま■■の相手もさせられたり。

勿論僕は組織の一員なのだから、それドンの命令を拒否する選択肢など最初から持ち合わせてはいない。

今日もまた、ドンの■■■■として可愛がられるんだろうな……

そんな沈鬱な心持で同行していた。顔には出さないが。


ボスから受けた命令は一つ。

「直に別荘のテラスに身を乗り出す奴がいる。これを始末しろ。其奴は、我らが組織の脅威だ」

僕の持ち場は、テラスの直下にある崖の下。

誰かが身を乗り出せば、顔は見えないけれどその動きは僕に丸分かりだ。

逆に、上からの視点では僕の顔も動きもろくに見えない。

夜間であれば尚更だ。

別荘の護衛をしながら、いつテラスに身を乗り出す組織の脅威が来るか。

僕は、淡々と狙っていた。

そして、その時は来た。

別荘のテラスに、身を乗り出す影一つ。

僕は、その瞬間を逃さなかった。

その場に佇んだまま、テラスと手に仕込んだワイヤーで、影の素っ首を刈りにかかる。

ボスの命令があった時から、そっと引っかけていたものだ。


手応えアリ。

命脈を断った瞬間がワイヤー越しに伝わる。

上からは、何事か悲鳴が上がる。

それはそうだろう。

肩より上を刈られれば、仮に全てを断たれてなかろうとそれは即ち『死』を意味する。

その状態で生きているモノなど、生物であれば居るはずがないのだから。

いつも通り、仕事が終わった。

そう思って、ワイヤーを仕舞ったところで。

僕の落とした命の印が、崖の下まで落ちてきた。

トン、と地面を跳ねる。

僕は、脅威となる筈だった者の顔を一瞥して、その場を去る……

……

「……!!?」

……

……つもりだった。

信じられない光景に、思わず息を呑んだ。


脅威と伝えられ、落としたはずの。

地面に転がった、人だったモノの残骸。

そこに張り付いた顔には、見覚えがある。

……否、見間違える筈もない。



それは他でもない。

組織のドンのものだった。