Eno.16 ミオソティス

【0-5 チョコレートコスモスにさよならを】


【0-5 チョコレートコスモスにさよならを】

  ◇

 ミオソティスの沙汰の前に、
 父親、グラジオラスの葬儀が執り行われた、そうだ。
 罪人であるミオは葬儀には出られなかった。
 屋敷にある地下牢で、ただぼんやりとしていた。

 そしてやがて、ミオに下されたものは。

「……ミオソティス・フロル。
 偉大なるフロルの当主を殺した罪により、
 死刑、だそうだ」

 牢を訪れたアキレアが、淡々と告げた。

「刑場はこの街より離れたところ、
 海辺の地アティスにある。
 花の街フロルを血で汚したくないから、
 フロルの街に刑場はないんだ」

 アキレアの声に、感情はない。

「……お前をこんな形で失いたくはなかったよ。
 済まなかった、ミオソティス」
「…………そう」

 ミオはぼんやりと、牢獄の向こうの兄を見ていた。

「……今更、謝っても。
 僕は、誰にも愛されないで人生を終えるんだね。
 なら……僕の命に……何の……意味……が……」

 ぽろり、涙が溢れた。
 そうか、死ぬんだ、と理解したら、虚しさに襲われた。
 涙が溢れた場所には、絶望のマリーゴールドが咲く。

 愛されなかったミオソティス、花の魔法が使えなかったミオソティス。向けられる友愛を勘違いして、その果てに狂って父親を殺したミオソティス。そして死刑が確定したミオソティス。その十六年しかない人生で、いったい、何を為せたというのだろう?

 周りに災厄しか振り撒いていない、ミオソティス。

「……こんな僕なんて、生まれてこなけれ、ば」

 涙が、止まらなかった。
 そんなミオを見て、アキレアが声を掛けた。

「……俺がついている時は、
 一時的にお前を牢から出して良いとの許可が下りた。
 ミオ、少しふたりで、話をしないか」

 牢の扉が開けられて、手を差し伸べられて。
 ミオはその手を取って、兄についていく。

 あの庭園に、連れていかれた。今日の庭園は晴れていて、穏やかで。少し進んだ先に置いてあるのは白いテーブルと白い椅子が二脚。
 そこでアキレアは語った。ミオが幼い頃に死んだ母、マーガレットのこと。マーガレットは娘が花魔法を使えないと分かっていても献身的に愛情を注いでいたこと。
 ミオソティスは、確かに愛されていたのだということ。

「……俺と父上は、才能の有無でお前を見ていたが。
 母上だけは、違っていたんだよ」
「……そんなこと、言われたって」

 不器用な兄は慰めるつもりだったのかも知れないけれど、
 ミオの心は荒んだまんま。
 ならば兄様とお父様もお母様と同じように、
 僕を愛してくれたなら良かったのに。

 愛を知らない少女は、友愛と恋愛の区別がつかなくなって大切なひとを傷付けた。その辺りを、ちゃんと理解出来るぐらいのものを貰えていたのなら。

「知らない、知らない、どうでもいい! お母様がどんな人だったとしても、どうせ僕は死ぬんだから! 万が一、死刑が翻ったとしても、僕に明るい未来なんて有り得ないんだから!」

 叫んで、兄を拒絶した。
 黙り込むアキレア、流れる沈黙。
 しばらくして、ミオは席を立った。

「……牢に戻るよ。
 ねぇ兄様、ひとつだけ教えて。
 あの後、シオンは……お父様を殺した時にいた
 あの子は、どうなったの?」
「……シオン・フェレナは家族と共に別の街へ移住した。
 その後のことは俺も知らん」
「そっかぁ……」

 すとん、心が落ち着いた。
 それでも、僕の愛したあの子だけは、
 遠いところでどうかお幸せに。

 去るミオソティスの足元には、
 チョコレートコスモスが一輪。