Eno.181 潮彩のリューカ

すべての始まり

アラタさんがわたしに与えたミッションは以下の通りだ。
次回開催される、ヒュマモンバトル世界大会の予選出場者を乗せる船のうちの一隻を襲撃し、大会を中止へと追い込む。
わたしが持つ水と風の合わせ技による、『嵐を起こせる能力』を見込んでの任務だ。

世界大会の会場を襲撃するというあまりにも大胆な作戦内容を前に、
わたしはすぐには首を縦には振れなかった。
確かにあの舞台はわたしの生涯を永遠に変えてしまった、最大のきっかけなのだけれど――

「で、ですが……予選を見にきた観客など、多数の民間人にも被害が及ぶのではないかと。
 他にもっと適切な手段はないのですか?」

「世界大会の予選は海上で行われるのが恒例だ。
 そして水上では、君が能力を発揮できる最大のチャンスとなる」

「本作戦による被害は、こちらで自然災害によるものだと情報操作しておく。
 君が罪を背負う必要はない」

「作戦内の責任は、すべて私が取ろう。
 君の行動は我々が全力でバックアップする。安心しなさい」

「……はい!」


嵐を起こして船を襲撃し、それらを自然発生した事故に見せかけることで、
世界大会の主催に責任を押し付け、社会を混乱させるという狙いなのだ。

少し、迷いはあったけれど……。わたしの心の奥にくすぶっていた復讐心は、今や燃え盛っていた。

願いを叶えられるというまやかしに裏切られたという悲しみ。
元を辿れば、わたしのヒュマモンテイマーの夢と引き換えに、母さんが犠牲になったことを知った衝撃。
そしてそれら以上に、わたしの努力で勝ち取った名誉を、すべて奪い去られたという怒り。

だから、もう十分だ。
こんな歪んだ世界、粉々に壊して作り直してやろう。

―――
――


某日、ついにその時が来た。
わたしは訓練された通りに闘争本能を最大限に引き出し、リヴィエールの姿を取る。

そしてあらかじめ船の予定航路で待ち受け、そこでありったけの雲を呼び寄せた。
風が吹き荒れ、たくさんの雲が陽光を塞ぎ、空は薄闇に包まれる。
波は激しく荒れ始め、大雨が降り出した。

ヒュマモン単独での形態維持は、テイマーと組んでいる時では負荷が違う。
しかも、今のわたしは全盛期の母さんよりも、遥かに大きな力を使っている。
船酔いみたいなめまいを感じながらも、わたしは激しく揺れる船にトドメを刺そうと大技を構えた。

「『カタストロフウェーブ』!!」


いつもの必殺技『タイダルウェーブ』よりも遥かに大きい波が、世界トップクラスのヒュマモンテイマーを乗せる船に襲い掛かる。
水の壁が船の横っ腹を叩き付け、船が大きく傾きだす。

……彼らはもう、助からないだろう。
わたしは船内の惨状を考えないように、心を湧き上がる憎悪で塗り潰そうとした。

けれども、そう努める間もなく、わたしの意識は徐々に遠のいていった。
わたしはあまりにも、力を使いすぎたのだ。

それはただひとりのヒュマモンが成すには、あまりにも大きな業だった――

―――
――


こうしてようやく、今の状況に至ることになった。
わたしは流れ着いた島でしばらく潜伏していたけれど、
やがて他にもここに辿り着いた生存者がいたことに気が付く。

まず、ヒュマモンテイマーがふたり。どっちもパートナーヒュマモンと一緒。
それぞれ、ツナグとサラマル、マユリとシルプスだ。
たぶんこの大会の参加者だったんだと思う。

次に、テイマーじゃないけど、ヒュマモンに詳しい人間の子どもがひとり。
わたしたちはハカセって呼んでいる。ハカセも同じ船に乗っていたのかな……?

あとは、放浪する野生ヒュマモンのウーさん(ホントは『宇』なんだけど、わたしが呼びにくいからそう呼んでる)と、
わたしが襲った船に乗っていたこと以外は記憶がないヒュマモンのスラオシャ。

この状況、自業自得とはいうけれど、正直気まずい。
自分が行き倒れるのも嫌だから、今は仕方なくみんなで助け合って生きている。
このままわたしが黒幕だってバレずに暮らしたいのが本音だけれど、
だからといってみんなで帰る気も起きない。

わたしはこの先、一体どうしたらいいんだろう……。